第002話 ド貧乳女神シルアンナ

 時を遡ること十五分前。

 ここはエンジェルゲートと呼ばれる天界の下層エリアである。


 最高神や男神たちは天上界という上層エリアに住んでいるのだが、エンジェルゲートは主に女神や天使たちが生活している場所であった。


 エンジェルゲートのメインストリートにある下界管理センターでは、あらゆる世界の女神たちが個室を与えられ、任された世界の管理に努めている。何千何万という世界をここで管理しているのだ。


 そんな下界管理センターの一室に、けたたましい警告音が鳴り響いていた。


 部屋には薄いブルーの長い髪をした少女の姿。彼女は明らかに女神であるけれど、少女と表現すべき理由がある。

 

 ストンと真っ直ぐ垂直に床へと伸びるワンピース。潔いとまで感じる板胸は横から見ると凹凸がまるでない。少女と呼ぶに相応しいド貧乳である。


「マズいわね……。注意報から警報に切り替わるなんて最悪じゃないの。警戒レベルも災厄級から災禍級に引き上げられてるし……」


 嘆息する女神はシルアンナという。ほぼ新人の下級女神であったけれど、彼女はとある世界の副神を任されていた。


 鳴り響く警報の対象は当然のことながら下界である。また危機的状況にあるのは彼女が副神を務める第666番世界アストラルのことだ。


「五十年内の魔王発生率80%に加え、邪竜発生率72%とかアストラル世界は滅びるんじゃない?」


 女神の業務は世界の安寧に務めること。ただ世界には意志があり、女神が直接行使できることは多くない。世界がバランスを崩し、おかしな方向へと進まないように、神託を与えたりして世界を誘っていく役割である。


「まあディーテ様が何とかしてくれるかな……」


 シルアンナが副神を務めるアストラル世界には他に女神が二人いる。


 主神を務めるのは上級女神であるディーテ。あと一人はシルアンナの後輩であり、ディーテの下で勉強している女神見習いのポンネルであった。


「ああいや、ここは私も世界を導かなきゃ。アストラル世界の危機なんだもの!」


 意気込むシルアンナは女神デバイスという端末を取り出す。世界を導くそのデバイスにて現在の神力を確認する。


「110神力か……。異世界召喚には最低のガチャでも神力1000が必要なのに……」


 世界の危機に女神は間接的関与をする。それは主に異世界から優秀な魂を喚び寄せることだ。ただし、異世界にも担当の女神がおり、優秀な魂を引き抜くのには対価として貯め込んだ神力を支払わねばならない。


 神力は信徒たちの祈りによって貯まる仕組みだ。従って新米であるシルアンナが異世界召喚できるほどの神力を貯めているはずもなかった。


「私の神力なら同界転生ガチャしか引けない……」


 100神力でシルアンナにできることは同界転生のみ。それは副神を務めるアストラル世界から死せる魂を喚び寄せることである。


「ディーテ様に怒られるかな? まあでも、ディーテ様は異世界転生ガチャを引かれるだろうし、優秀な魂をただ輪廻に還すよりはマシなはず」


 女神は召喚した魂に加護を与えることが可能である。よって優秀な魂をそのまま別人に転生させるより、同界転生は世界にとってプラスに働く。


 シルアンナが神力を1000まで貯めるなんて何年かかるか分からない。ならば同界転生は適切な判断であるはずだ。


 早速とシルアンナは女神デバイスを操作し、召喚画面を表示する。


【おざなり召喚ガチャ(同界)】


「おざなりって、もうちょっと良い言葉があるでしょ……?」

 タイトルを見ただけでハズレを確信する。シルアンナは世界を救う勇者を引くつもりなのだが、残念ながら100神力ではゴミ魂の闇鍋状態のようだ。


「まあ、しょうがない。せめてCランク魂でも引けたら何とかなるはず」


 女神は自由に魂を選べないのだ。平等に神力を分配するため、ガチャという魂ランクに合わせたクジ引きをすることになっている。


「同界だから、まず間違いなくディーテ様の信徒。アストラル世界の九割以上がディーテ様の信徒だもんね」


 副神による同界転生の問題は喚び出した魂が異教徒であることだ。同界転生を試みるような女神は充分な信徒を持っておらず、往々にして祈りによって得られる神力が不足している。大多数を占める主神の信徒を引く確率が高かった。



【おざなり召喚ガチャ(同界)】

【使用神力】超大セール中! 通常200神力のところ今なら100神力!

【内容】

・今だけ高レアリティ魂の排出率アップ……かも!?

・待たせません! 五分以内の排出が確定……かも!?



「ホント、胡散臭いわね。ずっとセール中だし。まあでも、これしか引けないのが新米の辛いところね……」

 シルアンナは決断する。なけなしの神力を同界ガチャに賭けることにした。


「シル、ここ一番のヒキを見せるのよ! Sランク魂を喚び寄せてやるの!」

 指先に女神らしくない願掛けをし、シルアンナは召喚ボタンを押す。


 直ぐさま指先から神力が失われ、女神デバイスが輝き始める。画面には召喚陣が表示されて、大した演出もなく魂の抽選が始まっていた。


「ジョブは何でも良いの! とにかく使える魂を!!」


 程なく召喚陣の輝きが失せ、デバイスに抽選結果が表示された。


 もう神力は10しか残っておらず、二度目の抽選はできない。一発勝負のシルアンナは胸に手を当てながら、召喚候補のデータを閲覧している。



【ジョブ】クレリック

【性別】男性

【体力】B

【魔力】A

【戦闘】C

【知恵】A

【俊敏】D

【信仰】S

【魅力】A

【幸運】E

【召喚時間】四分半

【総合ランク】A(注意事項あり)



「えっ、ウソ!? Aランクとか大当たりじゃん!?」


 同界召喚は俗にビギナーガチャと呼ばれ、新米女神が自身の布教活動をさせるため、使徒となる魂を選定するものだ。


 召喚における最高ランクはSランクであったものの、ビギナーガチャから英雄など間違っても排出されない。よってシルアンナはこの結果に満足していた。


「これならきっとディーテ様のお役に立てるはず!」


 召喚時間は四分半。長い場合だと三日くらいかかるのだが、割と良さげな魂が絶好のタイミングで天に還る予定らしい。


 シルアンナは即座に確定ボタンを押し、召喚が実行されるのを今か今かと待ちかねている……。

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