第百四十二話 ナザンヴィアの人々

 小さな村。カカニアよりももっと小さいのどかな村。キラキラと煌めく小川に豊かな作物が実る畑。村人たちの穏やかな笑顔…………


「ナティ……!」

『ん? どうした?』


 眼下にナティの姿が見えた。良かった、元気そうだ。ノグルさんの仕事の手伝いか、なにやら大きな荷物を運んでいる。視線の先にはノグルさんの姿もあった。


「ノグルさん……良かった、二人とも元気そうで……」

『…………』


 ヒューイは何かを察したのか何も聞かなかった。そんなヒューイが有難い。やはり俺にはもったいないくらいの相棒だよ。


 二人のことも絶対守るから……争いに巻き込まれたりなんか、絶対にさせないから。俺が必ず止めてみせるから! 必ず……


 手綱をグッと握り締め、前を向いた。止まらずに進む。ここにはもう戻らないと決めたんだから。前に進むのみだ!




 国境を過ぎ、ノグルさんたちの村を過ぎるとしばらくはひたすら平原を進む。のどかなものだ。王都ではあんなに不穏な空気だったのに、それ以外の地ではなにもない。平和そのもの。だからこそ止めなければ。ナザンヴィアだろうが何も知らない人々が巻き込まれて良いはずがない。


「ナザンヴィアのイメージってあまり良くなかったけど普通なのね」


「だよな、俺たちの国となんら変わらない」


「うん」


 アンニーナたちも俺と同じように感じたみたいだ。


「ナザンヴィアの国民は何も知らされていないんです。父や兄があんな怪しい術を行わなければ穏やかな国民なんです。あんな術さえなかったら!」


 ヴィリーは悔しさを滲ませる。


 あの恐ろしい術。遥か昔に編み出された怪しい術。あんなものがなければ。あのときも周りの人間たちはあの術の魔力に操られているだけのようだった。

 自分たちの意思で戦っているようには見えなかった。


「あの術を止めることが出来たら、私は必ずあの術をこの世から消し去ります。方法が載ったものがおそらくどこかにあるのでしょう。それを必ず見付け出し抹消する。必ず……」


 ヴィリーの覚悟を感じる。強い瞳だ。きっと自分の兄と対峙することになる。そのときどうするのか……覚悟を感じた。


「ヴィリー……」


「フッ、リュシュ、そんな顔をしないでくれ。私は大丈夫だから。命を狙われ出した時点で、もう兄とは決別している。私にとってももう彼は敵だ……」


「…………」


 ヴィリーは笑ったが、しかしそんな簡単に血の繋がりのある人間を憎むなんて出来ないはずだ。きっと必死に心を抑えているはず。兄弟で争うなんて……。


 ヴィリーには兄殺しなんてさせたくない。絶対に。あの魔導具を破壊し、ヴィリーの兄を助けられたら……。

 ルドにはなに甘いこと言ってんだ、って怒られそうだな。そう思うとクスッと笑った。




「城が見えて来たぞ!!」


 ネヴィルが叫んだ。遠目にナザンヴィア城が見える。俺が見たときよりもさらに一層不穏な気配が漂っている。


「城の近くまでは精霊の力を使えない! 一度降りる!!」


 背後の皆にそう叫び、ヒューイに降下の合図を送る。

 以前城の様子を見に行ったときに精霊がいなくなっていた森。城から一番離れた森の入り口付近に降下する。


 精霊たちはやはり不快そうな顔だ。城から離れたこの位置ですら、もう精霊の気配がない。以前ならばまだ森の半分ほどは生きた森だったのに! 今はもう精気のない枯れた森だ。


「なんだこの森? 気持ち悪いな……」


「こんなことになっているなんて……」


 ヴィリーはショックを受けているようだ。森が死ぬなんて……。


『リュシュ~、気持ち悪い~』


 精霊たちが俺の周りに集まる。明らかに気分が悪そうだ。


「うん、ここまでありがとう。もう自分たちでなんとかするから」


『王さまにお願いしてみる~?』


「精霊王か? い、いや、無理だろ」



「精霊王!?」



 精霊たちとの会話を聞き、皆が驚く。


『王さま~! リュシュと一緒にやっつけてよ~』


「い、いやいや! ちょっと!」


 そんなことお願いしたら俺がめちゃくちゃ怒られそうじゃん!

 焦って精霊たちを止めようとすると、背後から突風が吹き、服や髪が靡いた。



『またこいつらを巻き込んだな』



 怒りを滲ませた表情でこちらを睨む銀髪に銀の瞳の精霊王……。


 あぁ、怒ってる……ま、まあ当然か……。



「え、誰!?」



 アンニーナの驚いた声。振り向くと皆が目を見開いていた。


 驚いた、精霊王は皆にも見えるのか。さあどうしたものか……。

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