第百四十一話 国境越え
眼下では見送る皆が小さく見える。上空で一度旋回をすると国境の方角へ向かって飛んだ。そのときフィーの気配を感じたが、俺は振り向くことはしなかった。別れではないから。必ず帰って来るから。
「国境まで一気に飛ぶ! そこで森のなかに一度降りる!」
「「「了解!」」」
俺は背後に向かって叫ぶと皆が了承の返事をした。
カカニア近くの国境。ナザンヴィアから一人で戻って来た道を今度は皆で空から向かう。初めて王都を目指したとき、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
まさか自分が建国の戦いに参加していた過去があったとも知らなかった。まさか自分にこれだけの魔力があるとも知らなかった。まさかキーアとあんなことになってしまうとも、まさかヒューイと相棒になるとも思わなかった。
そしてまさか、この弱っちい俺がナザンヴィアに戦いに行くことになるなんて思っていなかった。
キーアのことにしろ、ヒューイのことにしろ、フィーのことにしろ……思ってもみないことばかりの四年間だった。
俺は少しは成長出来たんだろうか。皆に支えられ助けられてようやく立っていられる。俺は助けられてばかりだ。一人だったら絶対生きて来られなかった。
だからこそ、皆を守りたい。俺に何が出来るのかなんて分からない。でも、誰も失いたくない。キーアを死なせてしまった俺がなにを今さらとも自分で思うが……でももう二度と誰も失いたくないんだ。
『余計なことを考えるな。お前は周りを信じて頼れば良いんだよ!』
突然ヒューイが言葉にした。
「ヒューイ」
『お前は一人で考えすぎなんだよ。頼ることも助けられることも悪いことなんかじゃないだろ! もっと仲間を信じろ!!』
「ヒューイ……フフ、ありがとう……」
まさかヒューイに叱られるとはな。嬉しいやら少しおかしくて笑ってしまった。
『なに笑ってやがる!!』
「い、いや、なんでもない!!」
笑ったことがバレた! 慌てて取り繕ったがヒューイに隠し事は出来そうにないな。
カカニアまでは竜で飛ぶとあっという間だ。半日も経たずして到着する。風を受け、緑豊かな景色を心に刻み、ザンザの街並みを横目に通り過ぎる。ザンザを過ぎるとすぐカカニアが見えてくる。
上空から見るカカニア。あのとき……迷子になったあのとき、白竜であるフィーの背中から眺めたカカニア。あのときはただただ嬉しくて、楽しくて、また会いたくて……王都を目指した。
あのとき王都を目指さなければ良かったんだろうか。
竜騎士になりたいなんて思わなければ良かったんだろうか。
でも、きっとナザンヴィアのことは俺が竜騎士を目指さなくても避けられないことだっただろう。だからこれで良いんだ。そう信じるしかないんだよ。
きっと俺は「あれ」を止めるためにルドから生まれ変わったんだ。
ルドのフィーを守りたいという想いの強さから。
そして俺にはフィーだけじゃなく、守りたい人たちがたくさんいるのだから。
戦え!!
国境そばの森のなかへと静かに降りていく。
ヒューイに合図を送り、少し開けた場所へと降下する。皆もそれに続き、四匹の竜は地上へと降り立った。
「少しだけ休憩をしたら国境を越えよう」
「どうやって国境を越えるんだ?」
「精霊の力を借りる」
「精霊の力?」
「うん」
皆は不思議そうな顔だ。当然だよな、精霊を見たこともなければ、力もほとんど見たことはない。未知の存在だ。俺だって実際目の当たりにするまで全く知らなかったことばかりだし。
「なあ、皆、また力を貸して欲しいんだ。今度は俺だけじゃなく、ここにいる皆の姿を隠して欲しい」
空に向かって語り掛けると、皆、怪訝な顔。
『良いよ~、今回はいっぱいだね~。ドラゴンもいるし~』
「出来るか?」
『あたりまえ~!!』
精霊たちは腰に手を当てふんぞり返る。
「ハハ、自信満々だな」
精霊たちは三人ずつくらいに別れ、俺とヒューイ、アンニーナと相棒竜、フェイと相棒竜とヴィリー、ネヴィルと相棒竜とロドルガさん、それぞれの頭に貼り付いた。皆には見えていないが。
ロドルガさんのしかめっ面に可愛い精霊が乗っかっているのがちょっとおもしろい。
「フフ」
「なんだ?」
ネヴィルが不思議そうに聞いた。
「いや、な、なんでもない。精霊たちの準備が整ったようだ」
再び皆、竜に騎乗する。
「じゃあ、皆、頼む! 行くぞ!」
精霊たちを頭に乗せ、ヒューイを先頭に空へ舞い上がり、国境へと向かう。
「久しぶりの国境ね」
「あぁ」
アンニーナたちにとっても懐かしい国境。俺にとったら最近通ったばかり。
眼下に見下ろす国境。知っている顔もいる。しかし俺たちは風として認識されるだけ。国境に掲げられたドラヴァルアの旗が大きくはためく。
ナザンヴィア側の兵士たちも突風に煽られた髪を抑えている。誰も俺たちを認識していない。
国境を過ぎると森が広がり、そして……ノグルさんとナティの村が見えた。
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