第百四十三話 契約

「なんだこの超絶美形なやつ!」


 ネヴィルが声を抑えつつ叫んだ。

 まあ確かにこの世のものとは思えない見た目だしな。


 精霊王はあからさまに不機嫌な顔をし睨み付ける。ま、まずい! ますます怒らせてしまう!


「精霊王、貴方様のお力をお貸しいただけないですか!?」


 咄嗟に跪いた。

 それを見た皆はさらに驚く。


「精霊王……まさか……そんな存在が本当に!?」


 ヴィリーですら呆然と立ち尽くしている。


『以前も言ったはずだ。なぜ私が人間たちのいざこざに手を出さねばならんのだ』


「そ、それは…………このままだと精霊たちも死んでしまいます!」


『…………』


「このままあの術を放っておくと、この森だけでなくあらゆるものから精気が失われていく! そうなれば精霊たちも危険なはず!」


「確実に今、あの術を止めたいんだ!」


 正直に言って、あの術がもし過去よりも強力になっていたら、俺の「黒魔法」だけでは止めることが出来ないかもしれない。


 あのときのルドほど俺が「黒魔法」を使いこなせるかも分からない。


 しかもあのとき、最後にあの魔導具を破壊したのはフィーだ。フィーの浄化の力だ。

 俺は先に死んでしまった役立たずだ。ルドの後悔……未練……それが心の奥にずっとある。


 だからなのか、あの魔導具を破壊出来る自信がない。

 いや、確実に仕留める! そう思ってはいる。

 でもそれと同時にもし出来なかったどうしたら良い!? という不安が抜けない棘のようにチクリと心の奥深くを刺す。



 情けない。


 悔しい。



 でも…………それが俺だ。


 ルドみたいに自信は持てない。


 だからこそ皆に頼って来た。


 皆が支えてくれた。


 それで良い。



 それが俺だから……



「精霊王! 貴方の力を貸してくれ!!」


『…………』



 皆が不安げな顔で見守る。


 俺は真っ直ぐに精霊王と目を合わせた。何もかもを見透かされそうな銀色の瞳に吸い込まれそうになる。


 精霊王はしばらく無言で俺と目を合わせていたかと思うと、溜め息を吐き視線を逸らした。


「私が出来ることはお前の力を増幅させるだけだ。それはすなわちその魔石を消すということだ。それでも良いのか?」


「消す……」


「浄化ではない。消すんだ。この世から消し去るのみだ」


 浄化ではない、消し去るのみ……。


 それはあの魔石の犠牲になった命たちは救われないということ。


 浄化ではなく、抹殺と同義。


「…………」


「リュ、リュシュ……」


 皆が心配そうに俺を見詰める。ヴィリーは悔しそうな顔だが、真っ直ぐ俺を見据え頷いた。

 ヴィリーは覚悟を決めている。


 魔石に奪われた命は二度と戻らない。フィーの浄化ならば魂は救われたかもしれない。

 しかし今ここにフィーはいない。フィーが来るわけにはいかない。


 仕方のないことなんだ。元より俺の力のみでも消し去ることしか出来ないのだから。今さら魔石に奪われた命を救うことなど出来ないんだ。

 全ての命を救えるなんて出来るはずがないんだ……


「それでも……お願いします……」


 精霊王は溜め息を吐くと、再び俺を見据えた。


『では、私に名を付けろ』


「名?」


『今だけだ。今だけお前と契約をしてやる。仮の契約だ。真名をもって契約するよりは力が半減するが、お前の力と合わせれば、あの魔石を消し去るくらいならば簡単だろう』


『だがそれだけだ。それ以外手は貸さない。自分でなんとかしろ』


「分かりました。俺の力だけではどうしようもなくなったとき……そのときにだけお願いします。そのときはどうやって?」


『名を呼べ』


「名を?」


『呼べば良い。それだけで分かる』


「……分かりました。では契約はどうすれば……」



『手を』


 精霊王は両手を差し出した。俺は誘われるようにその上に手を重ねる。間近に見る精霊王はさらに一層美しさを感じ腰が引ける。真っ直ぐに見詰められた瞳には自分の姿が写り込む。


『魔力を私に送れ』

「魔力を……」


 触れた掌はひんやりと冷たい。コアから魔力を感じ掌へと移動させていく。腹から胸へ、胸から腕へと移っていく魔力。そして掌へとたどり着いた魔力は一瞬熱を帯びたかと思うと、精霊王の掌へと吸収されていくのが分かった。


 魔力を吸い取られているようだ。底のない入れ物に注いでいるような感覚。どこまで注げばいいのだろう。魔力切れを起こしてしまいそうだ。


『お前の魔力が私の身体に借りの縛りを作った。名を呼べ』


 そう言われた瞬間、頭に浮かんだ名前…………


「アルギュロス…………精霊王、アルギュロス、貴方はこの名で俺と契約を結ぶ。一度きりの契約。この名が貴方を支配している限り、俺と共に!!」


 そう言葉にすると精霊王……いや、アルギュロスは激しく光り輝いた。掌から眩い光が現れたかと思うと、それは鎖の形となり、アルギュロスの身体に巻き付き、そのままアルギュロスの中に吸い込まれるように消えた。

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