第百二十九話 唯一無二の片割れ

「リュシュ、どうしちゃったの!?」


 見たこともない女が俺の肩を掴む。顔を横に向けると俺を支えてくれていた男も知らない人間だ……。


「誰だ?」


「ちょ、ちょっと! リュシュ、私たちが分からないの!?」


 女が激しく肩を揺さぶる。


「恐らく急激に過去の記憶を取り戻されて混乱されているのでしょう」


 クフィアナの傍に立つ男が膝を付き、俺の顔を覗き込んだ。


 過去の記憶……? 過去とは一体どういうことだ……。



『リュシュやっと起きた~』


「!?」


 気の抜ける声が頭上から聞こえ、ガバッと頭を振り上げると、振り落とされたかのように目の前に転がり落ちてきた小さなもの……小さい人間?


 気付けば目の前にはたくさんの小さい人間たちがいた。


「!!」


 思わず後退ると、クフィアナたちは怪訝な顔をした。


「リュシュ?」


「リュシュ……」


 クフィアナですら、俺を「リュシュ」と呼ぶ…………。


「俺は…………ルドだ…………」


 分からない……リュシュ?俺は…………


「君はリュシュだよ…………」


 クフィアナは俺の頬にそっと両手を添えた。


「すまない、君の記憶を封じたのは私だ…………。君にはなにもかも忘れて幸せになってもらいたかった…………。

 君は私にとって、家族のような、番のような、仲間のような、同志のような…………。

 私にとって唯一無二の片割れなんだ…………何者にも変えることが出来ない存在なんだ。

 同じ境遇から生まれ、同じ心を持ち、一番私を理解してくれていた……苦しい心を分かってくれていたのは君だけだった」


「だから手放した…………自由に生きて欲しかった…………二度と争いに巻き込まれて欲しくなかった」


「二度と会えなくても構わないから…………幸せになって欲しかった…………」


「リュシュ」



 クフィアナは真っ直ぐ俺を見詰めながら涙を落とした。



 目の前がキラキラとなにかが剥がれ落ちたかのように見えた。目の前のこの人はいつも自分のことよりも周りのことばかり心配をする。だから俺が守ってやらないと、そう思った。


 そう、《過去の俺》が思ったのだ……。


 俺はあのときその心の声を聞いた。一人残される辛さ、自分のために死なせてしまった罪悪感、俺を巻き込んでしまった後悔…………でも、共に最期のときを迎えるまで傍にいて欲しいという願望……。


 それらの矛盾をあのとき俺は感じ取ってしまった。おそらくクフィアナは言葉に出したくとも出せなかっただろう。だから俺は…………



「俺は戻って来たよ……クフィアナ……様……生まれ変わって貴女に会いに行く、ルドはそう誓っていたよ」



「!!」



 クフィアナ様は俺のその言葉を聞くと、目を見開き泣き崩れた。そして何度も何度も「すまない」と繰り返した。






「結局、大丈夫なのよね?」


「うん、心配かけてごめん。アンニーナ、フェイ、ネヴィル。ログウェルさんも」


 皆、ほっと胸をなでおろす。


「もう! 心配したんだからね! 急に倒れるわ、起きたと思ったら訳分からないことを口走るわ」

「うん、さすがに俺もビビった」


 アンニーナとネヴィルが背中や肩をバシバシと叩く。


「ハハ、ごめん。俺も混乱した」


「しっかし、リュシュがまさか建国の英雄の黒竜だったとはなぁ」


 ログウェルさんも驚いた顔だ。



「とりあえずこれで一段落ですかね」


 マクイニスさんが溜め息を吐きそう言葉にした。


 いや、まだ言いたいことがある。


「クフィアナ様」


 泣き腫らした目。いつもの近寄りがたい雰囲気はもうない。そこにいるのは過去の片割れをひたすら思い続けていたただの一人の女性だった。



「俺は力を封じて欲しくはなかった。争いに巻き込まれたとしても、大事な人たちが傷付いているのを、目の当たりにしながら何も出来ないのは嫌だ。きっと過去の俺もそう思うよ。俺は、貴女が大好きだったから……」



「…………そうだな、すまない。私は君の気持ちなど考えていなかった。ただ……自分が二度と失いたくない……失うのが怖いから……それだけの理由で君の力や記憶を封じた…………本当にすまなかった」



『リュシュ、仲直り出来てよかったねぇ~』



 周りでは呑気に精霊たちが喜んでくれていた。それがおかしくてフッと笑うと、クフィアナ様はキョトンとした顔になり、それが幼げに見えて可愛いと思えた。




「やっとお話は終わりましたか」


 クフィアナ様の頬に手を伸ばそうとしたとき、クフィアナ様が座っていた椅子の近くから声が聞こえた。なにやら聞いたことがあるような……? 何者だ!?

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