第百二十八話 ルドの記憶 そして目覚め

 砦の上に巨大な球体。恭しく台座に乗せられ運ばれて来たその球体は、黒いかと思えば赤黒く入り混じり、内部でなにかが蠢くように渦巻いていた。


 ぞわりと不気味な気配を感じる。なんだあれは!?



『あれを壊すぞ!!』



 クフィアナが叫んだと同時に俺はその魔導具へ向けて一直線に飛んだ。火矢の集中攻撃を避けながら、あともう少しでその魔導具へ攻撃が届く……そう思った瞬間、黒い禍々しいものがその魔導具から放たれた。


 魔導具から黒く禍々しいものを放ち、その黒いものはクフィアナを捕えようとしていた。うねりながら纏わり付くかのようにクフィアナの周りを囲む。


 咄嗟に俺はクフィアナを振り落とした。クフィアナは振り落とされたことで黒く禍々しいものから逃れることが出来た!



「ルド!!!!」



 クフィアナは落下しながら俺の名を呼ぶ。しかし俺は黒く禍々しいものに纏わり付かれ、周りの音も視界も全て消えた。




 真っ暗だ。なんだこれは。気持ち悪い。なにかが俺に纏わり付く。蠢くなにかが俺にしがみつく。


 これは…………人間だ!!


 黒く蠢くものは人間だった。いや、元人間だったというべきか。もう元の姿を保てず黒い塊と化してしまったものたちは、必死に俺に纏わり付く。


『た……すけ……て……』


 !!


 人間らしきものたちが苦しみもがいている。助けてくれと叫んでいる。

 これはなんだ!! 一体あいつらはなにをやらかしたのだ!!



『グォォォォオオオオオオオ!!!!』



 全ての魔力を放出し攻撃をする。すまない! お前たちはなにも悪くない!! しかし俺もここで負けるわけにはいかないんだ!!


 漆黒の炎は俺に纏わり付く者たちを飲み込んで行く。俺の魔力とこの魔導具の力と、どちらが先に力が尽きるかの勝負だ!


 断末魔の声が頭に響き、思わず目を背けたくなる。でも俺は目を背けるわけにはいかない。

 お前たちはなにも悪くない、俺は…………お前たちを忘れないから…………。



 そのとき真っ白な光が降り注いだ。その光は一瞬にして黒いものたちを浄化する。



 これはクフィアナの力か……。


 全てを一瞬に浄化する力。


 俺は全ての力を失くし、地上へと落下した。




「ルド!! ルド!!」


 涙を流し俺の頭を支えるクフィアナ。


「すまない! 私を庇ったばかりにお前が!!」


『フィー……』


 気にするな、お前を庇ったことは後悔していない、そう伝えたかった。

 しかし声は出なかった。



「すまない、君をここに置いていくことを許してくれ」



 泣くな…………俺のことはもう良い…………それよりもまだ敵は残っているはず…………死ぬな…………死なないでくれ…………。



「いつか我々はまた巡り合う。必ず。それまでどうか安らかに眠れ……」



 俺はお前を守れただろうか……最後まで一緒に戦いたかった……最後までお前を守り抜きたかった…………あぁ、クフィアナ…………俺は…………



 クフィアナが加護を唱えた瞬間、眩い光に包まれ、そして俺の意識は途切れた。






「……シュ、リュシュ!!」


「……?」


 リュシュ……? それは誰だ……俺は…………



「リュシュ!!」


 多くの者たちの声がする。俺を呼んでいるのか?


 なんだか長い夢を見ていたような気がする…………俺は…………。


 重い瞼をゆっくりと開けると、眩しい光に思わず手で顔を庇う。


 手…………人間の手…………あいつらに無理矢理人間化させられた人間の姿。


 みぞおち辺りが重苦しくなる。俺はまだあの牢獄のなかなのか…………。



「リュシュ!!!!」



 ゆっくりと目を開けると誰かに支えられながら、床に座り込んでいた。多くの見知らぬ顔…………


「フィー!!!!」


 目の前にクフィアナがいる!! 無事だったんだな!!!!

 ガバッと飛び起き、クフィアナに抱き付いた。


 あぁ、温かい…………生きている…………



「フィー!! 良かった!! 無事だったんだな!!」



「リュシュ…………あぁ、私は無事だよ…………君のおかげで私は生き残った…………一人生き残ってしまったよ…………長い長い間…………」

「良かった!! 本当に良かった……」


 泣いたことなどなかった。生まれて初めて泣いた。人間の姿だと涙が出るものなのだな。

 クフィアナの肩に顔を埋め泣いた。



「一体どういうこと……?」



 クフィアナではない女の声が聞こえ、顔を上げた。周りには見知らぬ人間たち……?

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