第百二十話 相棒

「ヒューイ……」


 バサリと音を立て翼を広げたかと思うと、ヒューイは俺の頭上へと飛んで来た。そしてゆっくりと降りて来る。


 周りにいた皆はそれを避けるように俺から距離を取った。


「ヒューイ……その……久しぶり…………」


『…………』


 ヒューイが風を巻き上げ俺の目の前に降りる。そして睨みつけるように鋭い目をこちらに向けた。


 仲間を殺した俺を怒っているのだろうか……逃げ出した俺を怒っているのだろうか……。

 思わず目を逸らしてしまった。



『お前、俺と試験を受けろ』


「はっ!?」



 ヒューイの言葉に驚き顔を上げた。



「な、ちょっと待てヒューイ! お前、なに考えてんだ!!」


 ログウェルさんや他の育成課の皆も驚きの表情。慌ててヒューイに駆け寄る。


「急に何を言い出してんだ、落ち着け」


 ログウェルさんはヒューイの首元を撫で、ヒューイに話しかける。


『俺は落ち着いてる』


 低い声でヒューイは言った。確かにその声はとても冷静で落ち着いた声だった。


 で、でも……試験!? 試験て……キーアと受けたあの試験のことか!?


 竜人化試験……。



「い、嫌だ…………嫌だ!!」



 思い出すだけでも吐きそうになる。ヒューイと試験なんて受けられるわけがない。

 ヒューイを死なせてしまう! また!! 俺は……大事な仲間を失ってしまう……怖い……嫌だ……。



「嫌だよ…………俺は……もう誰も失いたくない!」



 竜の言葉が分からないアンニーナたちは俺の態度になんとなく予想が付いたのか、不安気な顔をしている。


 皆、心配そうに俺を見る。


 今すぐこの場を逃げ出したくなってしまう。あぁ、俺は…………



『逃げるな!!』



 ヒューイが叫ぶ。


 ビクリと身体が震える。顔を上げヒューイを見ると、真っ直ぐこちらを見詰めるヒューイ。その瞳から意思の強さを感じた。


『お前は俺と試験を受けろ!! いつまでも引き摺るんじゃねー!! 乗り越えろ!! 俺は……』


『俺は絶対死なない!!!! お前の相棒になってやる!!!!』


『だから試験を受けろ!!!!』



「ヒューイ…………」



 相棒……キーアとは叶わなかった相棒…………ヒューイと相棒に?




「と、とりあえず一度落ち着け。リュシュにも考える時間をやれ」


 ログウェルさんがヒューイに声を掛けた。ヒューイはフンと鼻息荒く、それだけを言うと、再び翼を広げ竜舎に戻ってしまった。


「だ、大丈夫か?」


 ログウェルさんは心配そうに俺を見る。


「ヒューイはずっとリュシュを待ってたのかもね……」


 ルニスラさんが複雑そうな表情で言った。


「え?」


「ヒューイはずっと相棒を作らなかった。リュシュがいなくなってからもずっとね」


「ずっと……」


「うん。いくら相棒を決めて騎竜にって話をしても、一向に相棒を決める素振りがなかった。あれはずっとリュシュが帰って来るのを待っていたのかも……」


「…………」


 ずっと俺を待っていてくれた?キーアとの一件があったのが分かっているのに、俺を待っていてくれたのか? 帰るかどうかも分からない俺を?


「まあとりあえずゆっくり考えてみたらどうだ? 帰って来たばかりでお前も落ち着かないだろう?」


「…………はい。あ、でも、早くクフィアナ様に!」


「ん?」



 そうだよ、俺はナザンヴィアの話をするために帰って来たんだ。早くクフィアナ様に伝えないといけない。


 前世で見たあの魔導具の話はせず、俺が見聞きしたことをその場にいる皆に伝えた。皆、驚きを隠せない。


「なるほど……、クフィアナ様に謁見の申請をしておこう。連絡が来たらお前に伝える。とりあえず今日はもう休め。寮のお前の部屋もそのままにしてあるから」


 そう言いながら頭を撫でるログウェルさん。


「あ、ありがとうございます」



「謁見のときには私たちも行くから!!」


 アンニーナがそう叫ぶと、フェイとネヴィルも頷いた。


「リュシュ一人で背負わなくて良いよ」


 フェイがニコリと笑顔を向けた。


「だな!」


 ネヴィルもニッと笑う。


「俺も行きたいところだけど、ここは竜騎士に任せるよ」


 そう言いながらディアンは笑う。



「ハハハ、お前たち良い同期だな!」


 ヴァーナムさんが笑った。皆も笑っている。ロキさんは相変わらずの無表情だけど、なんだか少し表情が柔らかい気がする。



 泣きそうなくらいの幸せだった。

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