第百二十一話 謁見

 その日は久しぶりに寮の部屋へ。長く留守にしていた。しかし荷物もなにもかもそのままにしてくれてあった。それだけでも泣きそうになってしまう。

 定期的に掃除もしてくれていたそうで埃っぽさもない。俺はなんて周りに恵まれているんだろうか。こんな俺を皆、これだけ気にしてくれていたことに感謝しかない。


 ベッドに横たわり想いを馳せる。


 キーア…………


 そしてヒューイ…………


 ヒューイは俺のことをずっと待っていてくれたのか…………ヒューイ自身に聞いたわけではないから本当かどうかは分からない。でも…………



 『お前は俺と試験を受けろ!! いつまでも引き摺るんじゃねー!! 乗り越えろ!! 俺は……』


 『俺は絶対死なない!!!! お前の相棒になってやる!!!!』


 『だから試験を受けろ!!!!』



 あのときのヒューイの真剣な目。本気の目。俺と相棒になろうと本気で思ってくれている。

 それだけは分かった。


 キーアのことがあっても、俺と相棒に……万が一失敗したらヒューイも同じように……。


「うっ」


 身体を必死に縮め膝を抱く。震える。怖い。


 なぜヒューイは俺と相棒になろうなんて…………どうして俺のことを信じられるんだ。俺は…………自分が信じられない…………。


 答えが出ないまま、その日は震える身体を抱き締めながら眠った。




 翌朝、事務所へと顔を出すとログウェルさんが笑顔で出迎えてくれた。


「よう、リュシュ、おはよう。昨日は眠れたか?」

「おはようございます……はい、なんとか」


 ハハ、と笑って見せたがログウェルさんはなにかを察したのか、小さく溜め息を吐くと俺の頭を撫でた。


「まあとりあえずクフィアナ様に謁見の件だが、お前の名を伝えたらすぐに申請が通ったよ。朝一来いってさ、だから来て早々悪いがそのまま行くぞ」

「え、あ、はい」


 クフィアナ様…………前世での俺の相棒…………俺はあの人とずっと一緒だった。そして戦い死んだ…………。


 クフィアナ様は俺のことに気付いているのだろうか……。城から逃げ出したあの日、クフィアナ様は逃げたら良いって、辛いなら逃げろって言っていた。あれは俺のことを想って? それとも前世の俺を想って? 分からない……。




 謁見の間へ行く前にアンニーナたちにも声を掛け、アンニーナ、フェイ、ネヴィルも一緒に行くことになった。心強いよ。俺は良い仲間を持った。大事な仲間。失いたくない仲間。ヒューイもそうなんだよ。キーアのことがあるから不安しかない。そんな状態で試験など受けられるはずがない。



 謁見の間は今まで入ったことのない棟にあった。図書館の近くだ。昔、ディアンと調べに来たな、と思い出し懐かしくなる。


 そういえばあのとき《白と黒の竜》って書いてあったな。あれって……俺のこと? 白はクフィアナ様だろうし、その相棒の俺は漆黒の竜だった。自分の姿を鏡で見たわけではないが、自分の手足は見える。それは確かに漆黒の鱗だった。


 この国に黒い竜はいない、と思う……。今まで見たことがないし。白もクフィアナ様しかいないようだ。やはり《白と黒の竜》というのは《クフィアナ様と俺》ということか。


 俺は戦い途中で死んだ。だから自分自身もそうだが、この国の人々は皆黒い竜のことは知らないのか……。そもそも資料が少ない。クフィアナ様が記録として残すことを拒んでいるのかもしれないな。


 まだ完全には記憶を取り戻していない俺にはクフィアナ様の気持ちなどわかるはずもなかった。




「失礼致します」


 ログウェルさんが扉を叩き、なかへ声を掛ける。なかからは入るように促す声が聞こえた。おそらく側近の男、マクイニスさんの声だろう。


 扉を開けログウェルさんに続く。謁見の間は広々とした空間になにやら魔導具の灯りだろうか、窓は一切ないのにとても明るく保たれていた。

 扉と正反対の位置にある三段ほどの階段上にクフィアナ様が椅子に座っていた。両脇には側近の二人、マクイニスさんとビビさんがいる。


 俺たちの姿を確認したクフィアナ様は目を大きく見開き、いきなり立ち上がった。


「!?」


 全員が驚きの顔になる。マクイニスさんですら驚きの顔だ。


 そしてクフィアナ様は勢い良く駆け出し、俺の目の前までやって来た。あまりの驚きで固まってしまう。


 クフィアナ様は俺の肩を掴むと…………


「なぜ戻って来た!!!!」


 怒り、とも、悲しみ、とも取れるような顔付きで怒鳴った。

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