第百十九話 この場所で

「お、お前……もしかしてリュシュか!?」


 城門の兵士に声を掛けられる。あぁ、俺は戻って来たんだ……。


「お、お久しぶりです……入っても良いですか?」


 声が震える……怖くて顔を上げられない。


「お前!! どこに行ってたんだ!! 皆、心配してたぞ!!」


 兵士は駆け寄り肩を掴んだ。ビクリとし、思わず顔を上げてしまう。そこには涙ぐむ兵士の顔が……。


「あ、あ……す、すみません」


 思わず泣きそうになり必死で堪える。兵士は怒っているわけではない、とても心配をしてくれていた顔だ。それが嬉しいやら悲しいやら申し訳ないやら、情けないやら……。


「皆のところへ早く行け!! 皆、お前が帰って来るのを信じて待ってたぞ!!」


「えっ……」


 皆待っていた? 待ってくれていたのか……こんな俺を? キーアを殺して逃げ出した俺を……?


 呆然としてしまった俺の背中を兵士はぐいっと押した。

 そしてそのまま演習場へと向かう。


 脚が震える……心臓がうるさい。鼓動が耳でうるさく響く。吐きそうだ。


 見覚えのある広い空間……懐かしい景色……演習場…………キーア…………。


「うっ」


 懐かしさと同時にキーアを殺したときの映像が頭に蘇る。吐きそうだ。自分が嫌いになる。胸を搔きむしる。あぁ、俺は結局何も変われていないのか。


 生きると決めた。


 もう誰にも死んで欲しくないから、後悔をしたくないから……俺はキーアを置いて、生きると決めたのに……情けない。


 でも…………戻って来なければ良かった、とは思わない……思いたくない。


 ここから逃げてちゃダメなんだ。これは、俺が一生背負わないといけないことだから。


 キーアのことを忘れないためにも、俺は自分の罪を乗り越えないといけないんだよ……。




「「「リュシュ!?」」」




 聞き覚えのある声が響き渡った。


 倒れ蹲りそうになっていた俺は顔を上げた。


 あぁ……懐かしい。皆……。



「リュシュ!! あんたどこに行ってたのよ!!」



 泣きながらアンニーナが飛びついて来た。


「皆心配してたのよ!? 今までどこに!? あぁ、良かった、無事で」


 号泣と言って良いほどの涙を流すアンニーナ。こんなに心配させていたんだな。


「リュシュ……本当に無事で良かった……」


 フェイも涙ぐんでいる。


「お、お前!! 何やってたんだよ!!」


「ネヴィル?」


 国境での一年を終え、城に戻って来ていたらしい。


「俺が国境へ行っている間になんか色々あったみたいで、聞いてびっくりした……」


 ネヴィルにも心配をかけていたんだな……。



「リュシュ!!」


「ディアン」


 連絡を受けたらしいディアンまで駆けつけてくれた。ディアンも駆け寄ると思い切り抱き締めた。苦しいくらいに抱き締められ、皆にどれだけ心配をかけていたのかを思い知る。



 あぁ、俺はなんて幸せ者なんだ。



 騒ぎを聞きつけた育成課の皆や竜たちも演習場に集まって来た。

 皆、心配をしてくれていた。怒るでもなく、腫れ物に触るようにでもなく、ただただ俺の心配を。


 俺はやはり小さい人間だな。こんなに皆に心配をかけながら、俺自身はずっと皆にどう思われているのかが怖かった。憎まれているのではないかと怖かった。情けない。こんなに皆は俺のことを心配してくれていたのに。



「リュシュ、おかえり」



 皆がそう口にした。


 泣いた。もう泣かないと決めたのに涙が溢れて仕方なかった。俺はここにいても良いのだろうか。


 キーア、俺、ここにいても良いかな……。


 返って来るはずもない返事にただただ泣いた。



「あぁぁあ…………お、俺、戻って来ても良いですか!? 俺、ここにいても良いですか!? 皆と一緒にいても良いですか!?」



 叫んだ。心からの叫びだった。



「お前は仲間だからな」



 ログウェルさんが俺の頭をワシワシと豪快に撫でながら言った。そしてもう一度……



「おかえり」



 そう言って微笑んだ。


 皆、笑顔で迎えてくれる。


 キーア、お前のことは絶対忘れない……でも、俺はここで頑張るよ。


 生きる覚悟はすでに決めていた。でも今日はこの場で生きる覚悟を決める。自分の罪は忘れない。俺は……ここで生きて行く……。




『リュシュ!!』


 背後から再び誰かに呼ばれる声がし、振り向いた。人垣と竜たちの向こうに…………ヒューイ…………。

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