第百十四話 生きる覚悟

 気付いたときには涙が頬を伝っていた。


「あの人」を守りたかった。


 最期まで一緒に戦いたかった。


「あの人」は無事に生きることが出来たのか……前世の俺はそれが心残りだった。


 あれはクフィアナ様……。


「あの人」はクフィアナ様だった……。

 良かった……無事に生きることが出来たんだな……。




 建国の英雄…………あの戦いは建国の戦い……そのとき前世の俺は死んだのか……。


 あのとき俺が死んだ原因、黒く禍々しいもの…………ぞくりとした。まさかあれが再び行われようとしているのではないだろうな。


 精霊たちの言う「怪しい術」というのが気になった。

 もし万が一あのときのあの禍々しい術が再び行われるのだとしたら…………。



 絶対に止めないと…………。






「リュシュ、行っちゃうの?」


 突然声を掛けられギクッとし振り向くとナティが心配そうな顔で立っていた。


「ナティ……」


「もう元気になったもんね……、それに……リュシュってドラヴァルアの人なんでしょ?」

「え、なんで……」


 ナティには俺がドラヴァルアの人間だとは言ったことはない。ノグルさんにバレたあれ以来、誰にも言っていないし魔法も見せていない。


「魔法を見たから?」

「え?」

「なんでドラヴァルアの人間だと……」

「んー、なんとなく?」


 アハハとナティは笑った。なんとなくなんかで分かるものなのか。そんな考えが分かったのかナティは言葉を続けた。


「お父さんがドラヴァルアに攻め込むかもって話をしたときの態度かな。それまでもなんとなくナザンヴィアの人じゃないのかなーって思ってたけど、やっぱりドラヴァルアの人だったのかな、って」


「ドラヴァルアに攻め込まれたら困るもんね……」


 ナティは寂しそうな、悲しそうなそんな表情で言った。


「いや、それもあるけど、俺はこの村の人たちも巻き込まれて欲しくない……もちろんノグルさんもナティにも……誰も死んで欲しくない……」


「リュシュ……」


「だから俺は…………」



「出て行くのか?」


 ナティの後ろからノグルさんも現れた。


「お父さん……」


「お前ひとりが動いたところでなにも変わらないとは思うが」


「…………」


「お父さん! そんな言い方!」


 ナティはノグルさんに抗議するが、確かにそうだ。俺ひとりの力でなにが出来る。何も出来ないかもしれない。でも……このまま黙って隠れているのは嫌だ!


「俺ひとりの力だけではなにも出来ないかもしれない……でも……俺は行きます。誰も死なせたくないから……誰も死なずに済む方法を考えます」


 ノグルさんは溜め息を吐くと、家のなかへと入り再び戻って来た。その手には剣が……。


「これ、持って行け。大した代物じゃないがないよりマシだろ」


 そうやって手渡されたのは片手剣。鞘から引き抜くと綺麗に手入れをされ、輝く刃。


「これは?」

「昔、俺が使ってた剣だよ。大事なひとすら守れない俺には不要になったものだがな」


 そう言いながら切ない表情を浮かべたノグルさん。


「良いんですか?」

「あぁ」

「ありがとうございます」


 あれほど剣を扱うのに苦労した俺の筋力は、今や簡単に剣を振るえるほどのものとなった。鞘から引き抜いた剣はとても軽く、重くて扱えなかったのが嘘のようだ。


 こんな自分に嫌気が差す。それは今も変わらない。キーアを犠牲にして手に入れた力。そんなもので俺は誰かを守れるんだろうか。分からない……分からないけれど、でも、もう逃げるのはやめだ。


 もう誰かが死ぬのは嫌だ。俺のせいで誰かが死ぬのは嫌だ。俺にはこうして力があった。これを使わず誰かを死なすなんて嫌だ。


 これだけ力を持っていても大事な人たちを守れるとは限らない。でも…………俺は覚悟を決めた。




 キーア……ごめん。


 ひとりぼっちにさせてごめん。


 そっちに行くのはもう少し待ってくれ。


 俺は…………もう少し頑張ってみるよ。



 だから俺は、行く……。




「今まで本当にありがとうございました」


「元気でな」


 ノグルさんは小さく溜め息を吐くと俺をぎゅっと抱き締めた。俺もそれに応えるように抱き締め返す。


 ナティは寂しそうな顔をしながらも、同様に抱き締め合う。そして少し潤む瞳で俺を見て微笑んだ。


「生きる目だね。良かった。さようなら、リュシュ」


 ずっと俺を心配してくれていたナティ。いつもなにか言いたそうにしながらも、ずっと黙って俺を見守ってくれていたナティ。


 ごめん、ありがとう。


 そして、さようなら……。



*************


第三章 これにて完結です。

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