第百十三話 「あの人」

「それでどうかしたの?」


 三人とも座り、食事を始めるとナティが聞いた。


「あぁ……その、どうも国がドラヴァルアに攻め込むのではないかと街のほうで噂になっているらしい」

「えぇ!? なにそれ!!」


 ナティは驚き声を上げた。持っていたフォークがガチャッと音を立てる。


「落ち着け。まだ噂だ」


 ノグルさんはそう言うが、俺は以前からそのような噂を聞いていた。なんら不思議ではない。ナザンヴィアはそういう国だ。不快な気分になる。


 しかし、ナザンヴィアもこの村のように優しい人たちはたくさんいるのだと分かった。誰もが皆好戦的ではないのだ。


「国がドラヴァルアに万が一にも攻め込むようなことがあれば、この村は巻き込まれるかもしれない……」

「そんな……」


 国境に近いこの村が巻き込まれる可能性は高い。カカニアも同じだ。国境近くの村は戦いになればどうしても巻き込まれるだろう。


 そんなのは嫌だ!! カカニアはもちろんだが……この村も……ナザンヴィアだとか関係ない!! この村の人たちは皆優しい。ドラヴァルアと戦いたいなんてこれっぽっちも思っていない。なぜこんな優しい人たちが巻き込まれなければならないんだ!! 嫌だ!! もう誰も死んで欲しくない……。




 その夜俺は眠れなかった。どうすれば良いのか。一体どうすればこの村やカカニアが巻き込まれずに済むのか……もう誰も死んで欲しくない……死なせたくない……誰かが死ぬのを見るのは……もう、嫌だ……。


 眠れず外へ出た。星が綺麗だ。静かで穏やかな村。失いたくない。誰も死なせたくない。


 俺はどうすべきだ。考えろ。どうしたら皆を死なせずに済むのか考えろ!


「どうしたら……」


『なんかね~、お城で怪しい術を使ってる~』


「怪しい術?」


 俺の呟きに反応するように精霊たちが俺の周りに集まった。


『気持ち悪いの~』

『そうそう、気持ち悪い~』

『近寄れないの~』

『うんうん、近寄れない~』


「気持ち悪くて近寄れない……一体何をしているんだ。怪しい術……」




 怪しい術……その言葉に反応するように、眠っているわけではないのに、頭のなかに記憶が蘇る!!






 魔導具から黒く禍々しいものを放ち、その黒いものは「あの人」を捕えようとしていた。うねりながら纏わり付くかのように「あの人」の周りを囲む。


 咄嗟に俺は「あの人」を振り落とした。「あの人」は振り落とされたことで黒く禍々しいものから逃れることが出来た。良かった。


「あの人」が落下しながら俺の名を呼ぶ。しかし俺は黒く禍々しいものに纏わり付かれ、周りの音も視界も全て消えた。




 真っ暗だ。なんだこれは。気持ち悪い。なにかが俺に纏わり付く。蠢くなにかが俺にしがみつく。


 これは…………人間だ!!


 黒く蠢くものは人間だった。いや、元人間だったというべきか。もう元の姿を保てず黒い塊と化してしまったものたちは、必死に俺に纏わり付く。


『た……すけ……て……』


 !!


 人間らしきものたちが苦しみもがいている。助けてくれと叫んでいる。

 これはなんだ!! 一体あいつらはなにをやらかしたのだ!!


 うぉぉぉぉおおおおおおお!!!!


 全ての魔力を放出し攻撃をする。すまない! お前たちはなにも悪くない!! しかし俺もここで負けるわけにはいかないんだ!!


 断末魔の声が頭に響き、思わず目を背けたくなる。


 そのとき真っ白な光が降り注いだ。その光は一瞬にして黒いものたちを浄化する。


 これは「あの人」の力……。


 全てを一瞬に浄化する力。


 俺は全ての力を失くし、地上へと落下した。




「ルド!! ルド!!」


 涙を流し俺の頭を支える「あの人」。


「すまない! 私を庇ったばかりにお前が!!」


『フィー……』


 気にするな、お前を庇ったことは後悔していない、そう伝えたかった。

 しかし声は出なかった。


 意識が薄れるなか、涙を流す「あの人」の顔が…………真っ白な肌に銀色の瞳、真珠色の髪をした…………クフィアナ!! クフィアナ様だ!!


「すまない、君をここに置いていくことを許してくれ」


「いつか我々はまた巡り合う。必ず。それまでどうか安らかに眠れ……」


 クフィアナ様が加護を唱えた瞬間、眩い光に包まれ、そして俺の意識は途切れた。

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