第百六話 生かされる

『リュシュ、ずっと寝てた~』

『うん、やっと起きた~』


 ひょっこりと窓辺から現れた精霊は俺の枕元にふんわりと飛び降りると、俺の顔をピタピタと叩いた。

 全く痛くもなく少しひんやりとしていて、現実に引き戻される。


「俺ってどれくらい寝てた?」


 精霊に日付の感覚があるのは疑問だが、どのくらい時間が経っているのか知りたかった。


『んー、太陽が三回昇るくらい?』

『えー、五回くらいだよ』

『そんなあったかなぁ』


 精霊同士で言い合っている……駄目だな、これは、あてにならん。


「俺が倒れてからあの女の子が助けてくれたんだよな?」


『わたしたちが呼んだんだよ~! 偉いでしょ?』


 えっへん、と自慢気にふんぞり返る精霊たち。余計なことを……と思ったが、こいつらにしたら良いことをしてやったと思ってるんだもんな。責めることは出来ない……。


「でも呼んだってどうやって? ナザンヴィアは精霊を見ることが出来る人間が少ないとか言ってなかったか? あの子は見える人なのか?」


『ちがうよ~、あの子はわたしたちのこと見えないから、悪戯して連れ出した~』


 キャッキャと笑う精霊たち。どうやらあの子が使おうとしたものを先回りし動かし、俺が倒れているところまで誘導したらしい。



 扉をノックする音とともに、声が聞こえた。


「入りますね~」


 扉を開けナティがトレイに皿とコップを乗せ現れた。


 ベッド横にある小さなテーブルにトレイを置くと、ナティは俺の枕元に布を敷いた。


「スープを持って来たので少しだけでも飲んでみてください。まずは体力を付けないと。最初はスープから慣らしますよ?」


「いらない」


 特に体力なんて戻らなくて良い。このまま放り出してくれたら良いのに。


 力の入らない小さな声で答えると、明らかにムッとしたナティは無理矢理俺の口にスプーンを突っ込んだ。


「うぐっ! ゲホッ」


 一口とすら呼べないような量だったのだろうが、ずっとまともな食事をしていなかった俺の胃はスープすらも受け付けなかったようだ。


 激しくむせ、横に置かれた布の上に吐き出した。


「あぁぁ、ごめんなさい!! 私ったらムキになってしまって」


 慌てふためき若干涙目になりながら、ナティは俺の吐き出したものを片付けた。


「ごめんなさい」


 シュンとして、ベッド横の椅子に座ったまま俯いてしまった。


「いや、その、俺も助けてもらいながらすみません」


 助けて欲しいわけではなかったのだが。あからさまにガックリされると謝ってしまった。


「あの……貴方になにがあったのかは知りませんが、とりあえず体力は取り戻しましょう? そのあとうちを出てどうするかは貴方次第なんですから。うちにいる限り、父は絶対に貴方を死なせませんよ?」


 そう言ってニコリと微笑むナティは先程のノグルさんの強い瞳と同じ眼差しを向けた。


 これは……言うことを聞かないと、余計めんどくさくなるやつだな……。


 溜め息を吐き、俺は今死ぬことを諦めた。


『『リュシュの負け~』』


 精霊たちがケラケラと笑う。


「うるさい」


「なんですか?」


「え、あ、いや……なんでも……」


 精霊たちが見えないナティは怪訝な顔をした。



 俺は大人しく差し出されたスープをほんの少しずつ口にした。


 毎食少しずつ少しずつ、ナティは俺に合わせて口に運んでくれた。

 徐々に飲む量が増えてきたとき、少し会話が続けられる体力が戻ってきた。


 それからはナティとよく話をした。


 ナティは十八で俺よりも年下だった。お互い敬語で話していたが、歳が近いからとお互い楽に話すようになり、名前も呼び捨てで呼び合うようになった。


 ナティは父親のノグルさんと二人暮らし。母親は何年も前に亡くなったそうだ。

 理由は聞かなかった。俺なんかが立ち入って良いわけがないしな。


 ノグルさんとナティの住む家は小さな村にあった。カカニアよりももっと小さな村。のどかな村なのだそうだ。

 動けるようになれば村を散策するといい、と言われた。


 森も川も泉も自然豊かできっと癒されるから、と。


 頷いてみせたが、俺の心はなにも変わってはいなかった。そう簡単に変わるものなら逃げ出したりしていない……。



「リュシュ、そろそろ身体を動かしてみる?」


 柔らかめな固形物を口にすることが出来るようになったころ、ナティが言った。

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