第百五話 苦悩
真っ暗闇のなかひとり佇む。ここはどこだ。俺はようやく死んだのか。ようやくあの辛い気持ちから解放されたのか。
生暖かい風が頬を撫でる。気持ち悪い。すると急に激しい風が吹きすさぶ。真っ暗闇だと思われたその場所は赤黒い世界となる。
激しい風のなか周りを見回すと、赤黒く光る魔法陣が……。
「キーア!!!!」
キーアは激しく暴れ、呻き声を上げている。身体は歪み、変形し、キーアの姿ではないものに変貌を遂げていた。
「キーア!! キーア!!」
いくら叫んでも、駆け寄ろうとしても身体は動かない。
「いやだ!! キーア!!」
動かない身体を無理矢理にでも動かし腕を伸ばす。伸ばした腕、掌には魔力が籠る。それに驚き、思わず手を引っ込めた。拳を握り締める。
なぜ今なんだ!! なぜ今魔力が戻るんだ!! キーアを犠牲にして手に入れても嬉しくない!!
『本当に?』
「え?」
『本当に嬉しくない?』
顔を上げるとすでに異形化された身体でこちらを見詰めるキーアがいた。
「!!」
『あたしを殺したおかげで魔力が戻ったんでしょ? リュシュだけ生き残って、力も手に入れて……ズルいね』
「う、うぅ……キーア……キーア!! あぁぁぁあ!!」
ハッ、と目を覚ますと、涙を流しながら俺はベッドに横になっていた。
「あ、あぁぁ」
俺は生きているのか……死ねなかったのか……涙でぐしゃぐしゃの顔を両手で覆った。
あれは夢だ。キーアがあんなことを言うはずがない。俺の知っているキーアは自分のことよりも俺を心配してくれていた。だからあんなことを言うはずがないんだ。
でもあれはきっと俺の心……きっと一生消えない俺のキーアに対する懺悔。俺はきっと一生自分を許せない……。
ガチャッ。突然何かが動く音がし、顔を覆っていた手を離し周りを見ようとした。しかし、思うように身体は動かず、首だけを動かし部屋を眺めた。
冷静になって改めて驚いた。ここはどこだ。
「お父さん!! あの人、目を覚ました!!」
首を動かし声がしたほうを見ると、扉の影になって見えにくいが人が立っているようだった。声からして女の子ようだ。
その声に反応するように足音が近付いたかと思うと、扉から一人の男が現れた。おそらく「お父さん」と呼ばれていたその女の子の父親なのだろう。
「ようやく目を覚ましたか! 大丈夫か、君!」
男は俺が横たわるベッドの横の椅子に腰掛けると、腕や首元、身体を触り確認をする。
触るな! と反抗したいところだったが、全く動けない。腕は辛うじて動くがほとんど力が入らない。
「ここは……」
声に出してみたが声にも力が入らなかった。か細い声でようやく出た一言だった。
「あぁ、無理して喋らなくて良いぞ。あんなとんでもなく酷い状態で森のなかに倒れてたんだ。死んでるのかと思ったくらいだ。ガリガリに痩せているし、服も身体中もボロボロだし。でもまだ生きていたから俺の家に連れて来て治療してみたんだが……」
あのまま放置しておいて欲しかった……そしたら死ねたかもしれないのに……。
目線を逸らしたことで俺のその考えが伝わってしまったのか、その男は酷く不機嫌な顔になり、俺の手をグッと力強く握った。
「なにがあったか知らんが俺の目の前で死ぬのは許さんからな」
そう言って強い眼差しを俺に向けた。
「お父さん、この人はまだ目が覚めたばかりなんだから、そんなこと……」
「お、おぉ、そうだな。すまん。俺の名はノグル。こっちは娘のナティだ。ナティが森の中で倒れている君を見付けたんだ」
ノグルと名乗った男は茶髪に深紅の瞳の優し気な男。娘のナティも肩まで伸びた茶髪に深紅の瞳で俺と同じ歳くらいだろうか、ふんわりとしたスカートを履いた可愛らしい女の子だった。
「とにかくその身体ではしばらく動けんだろうし、君は体を元に戻すことを考えろ」
「お、俺は……」
力のないか細い声しか出ない俺には反論が出来なかった。このまま死なせて欲しい、と訴えたところで、おそらくノグルさんは許さないのだろうということが表情で分かった。
「すみません……」
「ハハ、とにかく何をするにしても元気になってからだ」
俺がなにを言いたいのか分かったのだろうが、ノグルさんはそれに触れるでもなく俺の頭を撫でた。
あぁ、俺はやはり周りに迷惑をかけてばかりだな……。
スープを持って来るから、と二人は部屋を後にした。
二人が去った後、改めて自分の状態を確認する。動けないながらも自分の腕を見るだけで分かる。
俺の腕はガリガリだった。瘦せ細り、傷だらけ。おそらく顔も身体もそうなのだろう。体力がなくなり動けないのだ。こんな状態になりながらも生き残るしぶとさに自分で嫌気が差す。
部屋は小さな部屋で、ベッドと衣装棚がある以外はなにもなかった。ベッドの横には窓があり、ベッドに横たわるままでは空しか見えない。
流れる雲を眺めていると少しは心が落ち着いた。
『リュシュ、起きた~』
ひょっこりと顔を出したのはこの家の精霊だった。
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