第三章《苦悩~目覚め》編

第百一話 慟哭

 パリィィイン!! と何かが砕け散った気配を感じた。


「!!」


「クフィアナ様……これは……」


 クフィアナはハッと顔を上げ、窓の外を見た。マクイニスとビビも怪訝な顔で辺りを見回す。


「この気配……」


「クフィアナ様!!」


 マクイニスが呼び止めるのも気付かず、クフィアナは走り出した。


 この気配は! なぜだ! 一体なにがあったんだ!


 夢中で気配を感じた方へと走る。


 たどり着いた先は演習場。

 そこには地面が砕け、荒れ果てた魔法陣と悲痛な面持ちで立ち尽くすログウェル、ルニスラ、ヴァーナム、リン……四人だけだった。


「ログウェル、なにがあった!」


「クフィアナ様……」


 泣き出しそうな、悔しそうな、辛い気持ちを押さえ込んだ顔でログウェルは振り向いた。


「リュシュが……」


「どうした」


 俯き涙を堪えるログウェル。ルニスラは涙を我慢することはなかった。ヴァーナムとリンも見たことがないくらいの悲痛な表情。


「一体なにがあったんだ!! ログウェル!!」


 苛立ちを隠せず、クフィアナは大声を張り上げた。


「リュシュがキーアと竜人化試験を受けたのです……しかし失敗し、キーアは消滅、リュシュは……」


 キーアが消滅!?


「リュシュはどうした!?」


「リュシュは……もうダメです」


「!?」


「リュシュは壊れてしまった……リュシュは……受け止めきれずに……ここから去った……きっともう二度と帰って来ない……」


「…………」


 バッと踵を返したクフィアナは再び走り出した。


「クフィアナ様!!」


 クフィアナは走り出し、そして竜化した。身体が溶けるかのように、煌めく光とともに身体が竜へと変化する。


 走り出していたクフィアナの身体は巨大な白竜となり、大きく翼を羽ばたかせると一気に空へと舞い上がった。


 地上では皆が驚きの声を上げているが、そんなことはどうでもいい、とクフィアナはリュシュの気配を探った。


 どこだ! どこへ行った!? リュシュ!!


 大空を大きく旋回しながら辺りを探る。



「いた!」



 クフィアナはリュシュの気配を追いかけるように飛んだ。



 ◇◇◇



 あぁ、ここはどこだろう……どこでもいいか。もうすぐ俺も死ぬのだから。


 俺は生きている価値もない。自分だけでなく、キーアまで巻き込んでしまった。



 なにも出来なかった。

 助けられなかった。

 止められなかった。

 キーアだけで逝かせてしまった。


 俺は無能だ……最低な無能だ。



 キーアを殺したあと、俺は逃げ出した。

 もうあの場にはいられなかった。

 皆の顔が見られなかった。

 もう……竜騎士にはなれない。なりたくない。なれるはずがない……キーアがいないのだから。


 育成課の仕事を続けるのももう無理だ。竜を見ることが出来ない。


 俺はもう……なにも出来ないガラクタだ。



 魂が抜けたようにフラフラと歩きたどり着いた先には小さな泉があった。


 森の合間に小さく神秘的な泉が太陽の光を浴びキラキラと煌めく。

 普段ならば美しく感じるのだろうが、今はこの美しさが逆に胸を抉る。


 崩れ落ちるように座り込む。

 呆然と周りを眺めるが、なにも感じない。



「う、あ、あ、あぁぁぁあ」



 髪を掻き毟る。地面に拳を叩きつける。拳からは血が滲むが、痛みで自分は生きているのだと嫌気がさすだけだった。


 なぜ俺だけ生きている……

 なぜ俺だけ生き残った……

 なぜ! なぜ……キーアだけが消えなければならないんだ……


 地面に突っ伏し、嗚咽を上げながら泣いた。

 泣いても泣いても涙は枯れなかった。このまま干からびて死んでしまえ!


 俺は……



『リュシュ、泣いてるよ~?』


『なんで泣いてるの?』


『知らないのか? 相棒が死んだんだよ』



 ふと、誰かの話し声が聞こえた。小さな可愛らしい声。子供……?

 相棒が死んだ……違うよ、俺が殺したんだ!


 再び涙が溢れた。


「う、うぅぅぅ……」


『あ、泣かせた!』


『リュシュ、また泣いちゃったよ』


『ねぇねぇ、泣かないで?』


 そんな台詞が聞こえたかと思うと、頭をそっと撫でられる感触がし、余計に泣けた……。

 俺は誰かに慰めてもらえるような人間じゃない。


 優しく撫でられ、涙が溢れる。しかし、その優しい手に少しだけ落ち着きを取り戻す。俺はまだ生きている……。生きてしまっている……。


 ふと、撫でる手が気になった。手と言って良いものか。触れるそれは子供の手よりもさらに小さく儚げな感触。まるで風に撫でられているのかのような。


 ぐしゃぐしゃになった顔を拭うでもなく顔をゆっくりと上げた。泣き過ぎたせいで目がぼやけてはいるが……、そこには小さな小さな人間がいた。


 いや、人間と言って良いのか疑問だが、人型のそれは俺の掌に乗るくらいの小ささ。色とりどりのふわふわとした服を着た、透けているのかキラキラと煌めいているのか、なんだか不思議な小さき者たちが俺の目の前にたくさんいたのだった。

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