第百二話 精霊

「き、君たちは誰?」


 涙でぐしゃぐしゃの顔を袖で拭い、改めて見るとたくさんいるその小さい子たちはクスクスと笑い出した。


『やっとこっち見た~』

『やっと見てくれたね~』

『ずっと呼んでたのにね~』


「ずっと? ずっとって? 君たちとは今初めて会ったよね?」


 どういうことなんだ? 何者なんだ?


『ずっとはずっとだよ~』

『そうそう! ずっと!』

『ずっと昔からリュシュのこと知ってる~』


 ずっと昔から俺のことを知ってる!? なんなんだ一体。


『わたしたちはね~、人間からは精霊って呼ばれてる~』


「精霊!?」


 驚いて思わず大きな声を上げると、精霊たちはキャッキャと笑いながら散らばった。

 キラキラとした蝶の羽根のようなものを羽ばたかせ、ふわふわと飛ぶものだったり、足音もさせず軽やかに飛び跳ねるものだったり、と様々だった。


「な、なんで精霊……ドラヴァルアにはいないんじゃ……今まで見えたことなんかないのに」


『ずっといるよー!』

『そうそう! リュシュたちが見えてなかっただけ!』


「そ、そうなの?」


『そうそう~』


 フフン、と自慢気な顔をする精霊たち。


 ずっと精霊たちは周りにいたのか。

 精霊たちの話ではどこの国だろうが街だろうが関係なく、至る所に精霊はいるのだと言う。


 ドラヴァルアの人々は自力で魔力を持って、精霊の力など必要がないから気付いていないだけらしい。

 ナザンヴィアの人々は精霊たちの力だけを欲し、姿を見ようともしないそうだ。だからナザンヴィアで精霊が見えるものはごくわずからしい。


 俺が急に見えるようになったのはなぜだ? そんな疑問に答えるように、精霊たちはキャッキャと再び近付いてきた。


『リュシュは変わってるから~』

『そうそう~』


「変わってる?」


『ドラヴァルアの人なのにただの人間だから~』


「?」


 どういうことだ?ただの人間?


「それは俺には魔力がないからってこと?」


『ちっがーう!』

『ちっがーう! リュシュ、魔力あるよ~』


「え!?」


 魔力がある!? どういうことだ?


「魔力があるってどういうこと? 俺にはないよ……ないんだ……」


『あるよ~?』

『そうそう、あるよ~。魔力感じるよ~』


 魔力を感じる!? 本当にか!?


 信じられなく、しかし半信半疑で自分の身体の中心を探るように魔力感知を行ってみる。

 すると今までなにかがありそうな気がしたところ。腹の真ん中辺りに今度ははっきりと、確実にモヤモヤと熱いものを感じた。


「!?」


 どういうことだ!! 今までなにも感じなかったのに!! なんで今頃!! 今さら…………キーアが死んだこのときに……なんで今さら感じるんだよ……。


「うぅぅ」


 魔力を感じて嬉しいのか悲しいのか、悔しいのか辛いのか……もう頭がぐちゃぐちゃだ……。

 熱いものを感じた腹の辺りを押さえ蹲る。俺に今さら魔力が芽生えたところでなんなんだよ! 俺にはもう必要ないものじゃないか! 俺はもう戦えない……。


『またリュシュ泣いちゃったね~』

『魔力が戻って嬉しいんじゃないの~?』

『えぇ、そうかなぁ、辛そうだよ~?』


「魔力が……戻った?」


 戻ったってどういうことだ。元々俺には魔力があったということなのか?


『元々リュシュには魔力あったよ~。封印されてただけ~』


「封印?」


『そうそう~、封印~、だから私たちのことも見えなかった~』

『そうそう~、リュシュって人間でドラゴンで今は混血~』


「は?」


 キャハハと精霊たちは笑っているが意味が分からない。人間でドラゴンで混血? なんだそれ。


『人間とドラゴンの魂持ってる~、今はドラヴァルアの人間だから人間とドラゴンの混血~』


「ん? 俺の前世の話か……確かに人間とドラゴンだな」


『人間だったから私たちのこと見える~。ドラゴンでもあるから魔力もある~、どっちもあるの珍しいの~』

『そうそう、珍しい~』


 そう言いながら精霊たちはクスクスと笑う。俺の膝の上に乗ったり、肩に乗ったり、頭の上に乗ったりしている。

 まるで重さを感じないが、そうやって群がれているとキーアの子供のころを思い出す。


「キーア…………」


 そう呟いたとき、泉の奥の草むらがガサリと音を立てた。ビクッとしたが、野獣ならばいっそのこと喰い殺してくれないだろうか、などと考えている

 俺の心はもう死んでいるのだ、と実感した……。


 死ぬ覚悟をしながら草むらを見詰めると、そこから姿を現したのは野獣でもなく人だった。



「クフィアナ様……」



 そこにいたのは悲痛な顔をしたクフィアナ様だった。

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