第百話 竜人化試験②

※残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。


*******************



 魔法陣は真っ赤に染まり、周りは激しい竜巻が巻き起こる。


「キーア!! キーア!!」


 激しい風に目が開けていられなくなる。必死で風を避けるように腕で顔を防ぐ。

 薄目でなんとかキーアの姿を捉えると……キーアは赤い光に包まれていた。


「キーア!! ログウェルさん!! これはどうなってるんですか!? キーアは!? キーアはどうなるの!?」


 ログウェルさんたちは悲痛な顔をしながらも、なにも返事をくれない……というか、返事が出来ないのか。皆呆然としてしまっている。しかもこの激しい風のせいで、皆近寄ることが出来ない。その場に踏ん張るしか出来ないのだ。


『グワァァァァァアアアアア!!!!』


 キーアの咆哮が聞こえる!


「キーア!! キーア!!」


 なにがどうなっているんだ!! どうしたら良いんだよ!! 明らかに成功ではないのだけは分かる……俺のせいだ。俺が途中で余計なことを考えたから。どうしたら良いんだ!


 キーア!!!!




『グォォォォオオオオオ…………』


 キーアの苦しそうな声が聞こえる。


「ログウェルさん!! どうしたら!! どうしたら良いんだよ!! 助けてよ!!」


 あぁ、こんなときにでも俺は誰かに頼ることしか出来ない。俺は一体なにをしているんだ!!


「こうなってしまうともう止めることは出来ない……」


 ログウェルさんは小さく呟いた。しかしそれはこの激しい風のなかでも俺の耳に届いた。


 え、止めることは出来ないってどういうこと!? キーアはどうなるのさ!?



 赤い光を纏ったキーアは苦しそうな声で唸りながら、必死になにかに耐えているようだった。


 大きく身体を振るわせ、尻尾を地面に叩きつけ、頭をも地面に叩きつける。地面が割れる。しかし魔法陣は光り続けたままだ。


 激しく暴れるキーアはあちこち傷だらけになりながらも必死になにかに抗うよう。


「キーア!! キーア!! やめろ! そんなことしたら死んじゃうぞ!!」


 頭や尻尾から血を流すキーア。あぁ、俺はどうしたら。なにも出来ないのか!!

 なんで俺はいつもこうなんだよ!! キーアを助けることも出来ない!!



 いやだ!! いやだ!! もういやだ!! こんなことなら竜騎士になれなくても良い!!


 キーアが死んでしまう!! もういやだ!!


 誰かキーアを助けてくれ…………




 泣いた……なにも出来ない自分に泣けた。キーアがどうなるのか分からず不安で泣いた。

 なにも出来ず泣き叫ぶしか出来ない自分に嫌気が差した。


 俺はやっぱりいつまで経っても無能だ…………




 キーアの身体が膨らんでいく!? 巨大化しているように見える……かと思うと、ボコりと身体から何かが飛び出した。


「うっ」


 な、なんだあれ……どうなってんだ!! あぁぁあ、キーア!!!!



『ギャャャァァァアアアアア!!!!』



 悲痛な叫び声とともにキーアの身体が変形をしていく。明らかに竜人の姿ではない……。

 なにか異質なものへと変わっていく……。


 ボコボコと変形を繰り返し、醜く歪む…………



「キーアァァァァァアアアアア!!!!」



 いやだ!! いやだ!! キーア!!!!



 激しい風が吹きすさぶなか、ログウェルさんが近付いてきた。俺のほうの魔法陣はもうすでに機能していないようだった。ログウェルさんが踏み入れてもなんの変化もない。

 ひたすら赤い光を放つだけ……。


「ログウェルさん!! なんとかして!! キーアを助けて!!」

「リュシュ……」

「頼むよ!! 俺はもう竜騎士になれなくても良い!! キーアを助けてくれよぉぉぉおお!! あぁぁぁあああ!!」



「無理だ…………」


「え!?」


「ああなってしまうともう無理なんだ……」


「どういうことだよ!! 失敗するとこんなことになるなんて聞いてない!!」


 ログウェルさんに掴みかかった。ログウェルさんは俺の手を取ると、悲痛な顔をした。


「キーアに止められたんだ」

「え?」

「キーアがお前には言うな、って。竜人化試験は気を乱すと失敗する。そして失敗すると異形化するんだ。数は少ないが過去にも何度かある。でも一度も異形化したやつを助けることは出来なかった……だから、キーアにはそのことを伝えると、リュシュには言うなって」


「な、なんで……」


「お前が気にして試験を受けなくなるからって。失敗したとしても自分に力がなかったからだ、リュシュのせいじゃない。でもリュシュはきっと気にするから、万が一を恐れて試験を受けなくなるからって……だから、お前には絶対言うなって念を押されたんだ」


「そ、そんな……」


 キーアは知ってたのか……失敗すると異形化してしまうことを……それなのに俺と……こんな未熟な俺と…………。


「あぁぁぁぁああああ」


 泣き叫ぶしか出来ない自分が情けない!! なんで俺はこうなんだよ!! いつまで経っても成長出来てやしない!!


「リュシュ、キーアを解放してやれ」


「え!?」


「異形化が始まると苦しむだけだ。しかも異形化が完了すると意識を失くし、ただ暴れるだけの化け物になってしまう……だからお前の手で解放してやれ」


「そ、そんな、こと…………」


 ログウェルさんは掌に乗せた球体の魔導具を差し出した。


「これは万が一用に準備してある魔導具だ。異形化が始まるとこの魔導具で浄化してやるんだ」


「浄化……浄化したらどうなるの? キーアは助かる?」


「…………異形化したものは、浄化をすると消え去ってしまう…………」


「!!」


「い、いやだ!! キーアを消してしまうなんて!!」


「お前がやらないといけないんだよ!! お前の人気じんきがキーアのなかで暴れてるんだよ。だからお前の手で人気を消してやらないとキーアはずっと苦しむだけだ」


「そんな……」


 ボロボロと涙が溢れて止まらない。キーアの姿はもうすでに原型を留めていなかった。しかし俺には涙で滲んで見えない……キーアの子供の姿が思い出されるだけだ。



 辛い、苦しい、悲しい、情けない、悔しい…………



 激しい風の音が響くなか、微かにキーアの声が聞こえた気がした…………



『ごめんね、リュシュ』



「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」



 パリィィイン!! と硝子が砕け散ったような音とともに俺の心も壊れた。



 キーアに向かって投げた魔導具は激しく光り一瞬にしてキーアを消し去った。



 俺は…………キーアを殺した…………





**************


第二章 これにて完結です。

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