第九十一話 ロキとシーナ

「リュシュ! 番が卵を産んだって!?」


 ディアンが息を切らせて番部屋へと飛び込んで来た。


「ディアン、あぁ」


 今回の番の卵は予兆がなく突然産まれた。だからディアンへの連絡が遅れたんだよな。

 雌はゆったりと卵に寄り添っている。


「近付いて大丈夫かな」

「うん、もう落ち着いてるから大丈夫」


 二匹の番竜に事情を説明し、卵を観察させてもらうことになった。


 ディアンは時間を掛け卵を撫でるように調べているようだ。目を瞑りおそらく治癒魔法の感知能力で内部を探っているのだろう。


 しばらくそうやってじっと卵を撫でていたディアンは一度手を離した。


「なにか分かったのか?」

「魔力感知……」

「え?」

「治癒魔法の感知能力ではモヤモヤしたような曖昧なものしか感じなくて……」

「うん」

「それで魔力感知に切り替えてみたんだ」

「魔力感知……」

「そう、リュシュが言っていたやつだ。俺も訓練してみたんだよ。治癒魔法の感知能力を応用したら簡単に理解出来た。シーナさんももう他人の魔力を感知出来るようになってるよ」

「おぉ……」


 スゲーな、二人とも……羨ましい……俺は自分の魔力を感じることすら出来ないのに……。


「それで卵の魔力感知を行ってみたんだ」

「うんうん、それで?」

「そしたら卵の中心部分に魔力を感じた。おそらくそれが以前リュシュと調べたときに知ったコアじゃないかと思うんだ」

「コア……」


 そういえば以前ディアンと図書館で魔力について調べていたときに魔導具師の手記で出て来たコア。そこに魔力が溜まってるんだよな、確か。


「卵の中にもコアがあってそこに魔力が溜まってるんだな?」

「あぁ、おそらく」

「野生の卵はじゃあそのコアがなかったのか、コアに魔力がなかったから孵化出来なかった?」

「まだそこまではわからないが……死んでしまった竜からは魔力を感じられなかったし……」


 うーん、と二人で考え込んでしまった。



「魔力の流れを調べたらどうだ!」



 突然の大きな声…………この声は…………振り向くとシーナさんが腕組みをし立っていた。


「シーナさん……魔力の流れ?」


「あぁ、卵の中身を感知しても何もわからない、唯一魔力だけを感知した。ならば、その魔力を調べるしかないだろう! 魔力がなにか孵化を促す原因になっているのかもしれない!」


「そ、そうなんですか!?」


 おぉ、確かに!! さすがシーナさんだな!


「知らん!! だから調べるんだろうが!!」


 ガクッ。そ、そうだった……可能性の話を自信満々に断言する人だった。


「う、ん、そうですね……魔力になにか原因があるのかもしれない」


 ディアンはそれから卵の魔力を調べるようになった。ついでにシーナさんも一緒に……。




 ディアンは熱心に卵の魔力を探っている。シーナさんは卵を傍で見るでもなく、少し離れた場所で珍しく真剣な顔付きで番竜や卵を見詰めていた。


「あんたはなにをしている」


 ロキさんが様子を見にやって来ると、離れた場所にいるシーナさんを怪訝な顔で見た。


「やあ、ロキ、君らは野生の卵が産まれない原因はなんだと思うんだ?」


「…………」


 シーナさんに問われたロキさんは黙り込んでしまった。


「なんだなんだ、わからないのか? 今まで疑問に思わなかったのか? 調べてみようと思わなかったのか」


 矢継ぎ早にシーナさんに言われ、明らかに不機嫌な顔付きになったロキさん。


 う、おぉぉ、シーナさん、それは言っちゃ駄目なやつ……ロキさんだってきっとずっと気にしていただろうし……。


「あんたにはわからない」


 怒りなのか苦しみなのか、今まで見たことがないほど眉間に皺を寄せたロキさん。強く拳を握り締めたロキさんは何も言わずに卵へと近付いた。

 そして様子を確認し、番竜たちの様子も確認すると立ち上がりその場を離れた。


「ロキさん……」


「ちっ、反論したら良いものを……」


 珍しくシーナさんが不機嫌そうな顔をしていた。

 シーナさん……わざとあんな言い方したのか。ロキさんにもっと積極的に孵化率を上げる研究に付き合って欲しいのかな……。



「ロ、ロキさんは何度か同じことを経験しているんです……でも今までそれを調べるだけの時間は与えてもらえなかった」


 振り向くとハナさんがいた。


「わ、私は人間だし、長く育成係にいるロキさんとは違います。で、でも私が育成係に来てからも一度野生の卵が発見されたことがあって……」


 ハナさんは悲しそうな顔をした。その顔がそのときどうなったのかを物語っている。


「あいつは馬鹿だ。気になるなら少しの時間しかなかろうが調べたら良いものを! ああやっていつまでも自分を責めていては何も変わらん! 前に進めんだろうが! あいつのはただの逃げだ!」


 シーナさんが珍しく感情を露わにして怒った。


 シーナさん……言い方はあれだけど、シーナさんなりにロキさんを心配してるんだな……皆それぞれの気持ちが痛いほど分かり苦しくなってしまった……。


 今回でなんとか原因を掴みたい……きっとそれは皆の願いだ。




「ふん。さて、それで、ディアン、なにかわかったか?」


 感情に露わにしていたシーナさんは、一息溜め息を吐くと、ディアンに向かって聞いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る