第九十話 キーアとの訓練
なんだかんだとヒューイ以外の竜には乗ったことがないし、キーアに乗れるということは楽しみだったりする。
ウキウキしていることがバレないように、なるべく落ち着いて。
ヒューイのときのようにキーアに鞍と手綱を装着して行く。改めて見ても立派な身体になったよなぁ。それに比べて俺の身体よ……なんにも変わってない……ガクッ。
「キーア、大丈夫か?」
鞍と手綱を装着するとキーアの首元を撫でた。
『大丈夫! 乗って! 乗って!』
キーアは鼻先でグイグイと俺の身体を押す。
「ハハ、分かった分かった。よろしくな」
そしてキーアの上に乗り上げしっかりと手綱を握る。
「今日は他の奴らと一緒に飛んでみるか?」
ヴァーナムさんがキーアの前に立ち見上げて声を掛けた。
「え、他の人と飛んで良いんですか?」
「あぁ、お前ももうヒューイで慣れてるだろ? キーアの訓練にもなるしな。キーアも大丈夫だろ?」
ヴァーナムさんは俺から視線を外しキーアを見た。
『大丈夫!!』
「ハハ、じゃあ決まりだな。今日は訓練のために竜騎士から三人来ている。それと俺が一緒に飛ぶ」
「ヴァーナムさんも……分かりました!」
そう言うとヴァーナムさんは他の訓練係の竜たちの元へ向かい、リンさんや竜騎士たちに説明をしているようだ。時折こちらに目線を向ける。リンさんは俺と目が合うと片手を上げて挨拶をしてくれた。
そしてヴァーナムさんや竜騎士たちが竜に乗り上げるとヴァーナムさんの大きな声が響いた。
「今からキーアも含め五匹で飛ぶ! 今日はリュシュがいるから魔法はなしだ! 剣を使用、飛んでくる獲物が相手だ! では飛べ!」
一斉に四匹の竜が羽ばたいた。そして大きく羽ばたいた竜たちは一気に上空へと舞い上がる。
「よし、キーア、行くぞ!」
『うん!』
キーアは大きく翼を広げ羽ばたいた。砂埃を上げながら大きく羽ばたき、そして一気に上空へ。
ヒューイよりも身体が少し小さいからかキーアに対する風の抵抗が少ない気がするな。軽やかに舞い上がったキーアは上空で浮かんだ。
「おぉ、キーアに乗るのも気持ちがいいな」
『へへ、やっとリュシュを乗せられた!』
嬉しそうなキーアの声に俺まで嬉しくなる。ヒューイのときと重ね合わそうとしてしまうが……、違う、そうじゃない、今はキーアに集中してやらないと。
頭を振り邪念を吹き飛ばす。そのとき急に目の前に飛来物が現れた!
『リュシュ!!』
「キーア! 避けるぞ!!」
手綱を思い切り引き、キーアは左に旋回してその飛来物を避ける。
飛来物は訓練係や強化係でも使われている訓練用魔導具だ。大きく重い布袋に粘土のようなものが入った物体。魔法陣が描かれていて、さらに地面にもある魔法陣に触れると、反発するように飛んで行く。
リンさんが方向や速度を調節しながら地上から打ち上げているのだ。
腰に下げた短剣を抜き構える。あまり役には立たないけど。
左手で手綱を握り、右手で短剣を持つ。
「キーア、次来るぞ!」
『分かってる!』
勢いよく飛んでくる飛来物を避けたり、短剣で叩き落としたり……いや、短剣、さらには俺の非力っぷりのせいで、叩き落とすというより俺の腕が叩き落とされてるんだけどさ。
キーアと呼吸を合わせ、それらを避ける。さらには他の竜たちとも接触しないように周りにも気を配る。
竜騎士たちと竜たちは初めての相手に戸惑いつつも、なんとか飛来物を回避していた。ヴァーナムさんは予想通りというか、全く問題がないほど素早い動きで竜を乗りこなしている。さすがだなぁ。かっこいい。
最初はキーアの動きと俺の指示に齟齬があったりもしていたが、そうやって飛び続けているうちにピタリとハマるようになってきた。
お互いの動きがピタリと合うようになってくると、避けるのはさらに一層簡単になってくる。
キーアが楽しんでいる気配を感じる。俺自身も楽しくなってきた! やっぱり竜に乗るのは楽しくて仕方ない!
風を切り、素早い動きで飛来物を避け、大きく旋回して飛び他の竜たちの様子を把握する。他の竜へ飛来物が到達しそうになるのを見付けると、キーアは速度を上げ、その間に滑り込む。そして俺は短剣で飛来物の軌道を変える。
俺の力では叩き落とすことは不可能。ならば、軌道を変えてやれば良い。それが俺たちに出来ることだ。キーアは何も言わずとも、それを理解しているかのように、俺の思うがままに飛んでくれた。
そうやって飛び回っているうちにヴァーナムさんの合図が聞こえた。
「よし! 今日はここまでだ! 地上へ降りろ!」
「キーア、終わりだってよ、降りるぞ」
『えー、もっと飛びたかった~』
キーアはぶつぶつと文句を言いながら、下降していく。
「ハハ、そうだな。俺も楽しかったよ」
短剣を鞘に納め、キーアの首元を撫でた。
それからもたまにヴァーナムさんに呼ばれては、キーアと一緒に訓練する日々が続いたのだった。
そうやってキーアと訓練係でともに過ごしたりしながらも、育成係で過ごす日々がもうすぐ一年経とうかというときに、再び別の番が卵を産んだ。
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