第八十七話 レグア

 森のなかを進んで行くと徐々にひんやりと空気が冷たくなってきた。墓があった場所は明るいが、今いる場所は木々に覆われ木漏れ日が差し込むくらいで薄暗い。

 しかしひんやりと静まり返っているからか、木漏れ日も相まって神秘的な雰囲気に感じる。


 ひんやりとした空気が気持ち良い。思い切り深呼吸をした。そして気合いを入れて周りを見回す。


 なにか手掛かりになるようなものはないかと、キョロキョロと辺りを見回すがこれといってなにもない……当たり前か……。


「はぁぁあ、なにもないか……」


 歩きながら溜め息を吐いた。


 そのときバサバサッと頭上から大きな音がし、ビクッとする。見上げると大きな鳥が飛んで行く姿が見えた。


「ビビらせるなよな」


 思わず短剣に手を掛けていたがそのまま短剣に手をやったまま歩き続ける。頭上から目線を動かしたときになにか違和感がした。


「? なんだ?」


 なんだろうな。違和感を探るためにじっくりと周りを見回す。ん?




「リュシュ、どうした? こっちは特になにも手掛かりになりそうなものはなかったよ」


「ディアン、あれ」


「?」


 指差したほうをディアンが見た。


 俺が指差したものは森のなかのありふれた木々。


 先程頭上を見上げ、そこから視線を戻したときになぜか違和感を感じた。それはなぜか。


「木が切られている!」

「あぁ」


 周りを注意深く見てみると、枝が落とされた木や、奥のほうには切り株も見える。明らかになにかの刃物で切られている上に、切り落としたはずのものがない。


 おそらく獣たちとは無関係な誰か人間が切り落とし、それを持ち帰ったのだろう。


「ということは、この付近に誰かがいたということだな」


 切り落とされた切り口がまだ新しそうだ。そんなに以前のものではない、ということは最近この付近にいたということだ。


 ディアンと顔を見合わせ、さらに奥を探索してみる。


 注意深く周りを確認しながら進んで行くと、小川が現れ、そのすぐそばに小さな小屋があった……。


「「小屋だ!!」」


 ディアンと顔を見合わせた。


「行ってみるか?」

「あぁ」


 ですよね。ここまで来て確認しないとかありえないよな。で、でも大丈夫……だよな。きっとレグアさんだろ……強力な獣とか出て来ないよな……。


 恐る恐るビビりながら小屋に近付いて行く。

 玄関前に近付いた瞬間、バーンッと扉が開き……


「うぉぉぉおおお!!」


 唸り声とともに巨大な熊!?


 いや、でっかい男が襲ってきた!!


「ぎゃぁぁああ!!」


 斧を振り上げ、目の前に振り下ろされる。


「レグアさん!!」


 ディアンが叫んだ。




 振り下ろされた斧は俺たちの頭上で止まり……は、しなかった。

 思い切り振り下ろされ、俺とディアンの間、ちょうど真ん中を勢いよく風を切るように振り下ろされた斧は地面に突き刺さった。


「ひぃぃぃぃいいいいい」


 こ、これ、下手したら死んでるやつぅ!! よ、良かった、死んでなくて……。ちょびっと涙が……い、いや、これ、仕方ないよな! 俺が泣き虫だからとかではない! はず!


 さすがのディアンも少し顔が引き攣っていた。


「あ? 俺の名前呼んだか?」


 呆然としディアンも俺も動けなかったが、振り下ろした斧を地面から引き抜き、レグアさんは俺たちを見下ろした。


 熊みたいな巨体に俺たちよりも頭二つ分ほど高い背。深緑色の髪に薄茶色の瞳。かなりのいかつい顔に鋭い目付き、ぶっとい腕にはたくさんの傷が見える。怖っ!


「あ、あの、俺たちレグアさんに会いに来ました。レグアさんですよね?」


「はぁあ!? 確かにレグアだが、俺になんの用だ」


 眉間に皺を寄せるとさらに一層怖い顔になる!

 女の子のために育成課を辞めたほどの人が……こんないかつい人だったとは……いや、まあ人は見掛けじゃないんだろうけど……でもさぁ……なんというか……。


「俺たち城で働いている治療師のディアンとこちらは育成課のリュシュです。レグアさんは昔、城の育成課にいたんですよね?」

「……それがどうした」


 育成課にいたのは大昔のはずだが、レグアさんは中年男性くらいの見た目だ。凄いな竜人。長生きなのは聞いていたが、見た目もあまり歳を取らないんだな。


「育成係で野生の卵を孵化させた経験があるとお聞きしました」


「んあ? なんだそりゃ」


 ん? 違うのか?


 はぁぁあ、と深い溜め息を吐いたレグアさんは頭をボリボリと掻くと、斧を担ぎ上げ小屋の中へと戻った。


「おい、来い」


 扉からこちらを覗き見たレグアさんは俺たちを小屋の中へと促した。

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