第八十八話 孵化した理由
「まあ座れ。すまなかったな、いきなり襲って。この辺りは野獣が出ることも多くてな」
小屋の中は簡素なものだった。木で出来た簡素なテーブルと椅子。小屋の一番奥には簡素なベッド。それだけだった。後は斧やナイフが置かれていたり、上着が掛けられていたり、とあるだけ。
奥さんが亡くなってからずっとここで一人で暮らしていたんだろうか。誰とも関わらずひっそりとたった一人で……。
レグアさんは椅子にドガッと座る。
「で、俺になんの用だ」
ディアンと顔を見合わせ、レグアさんの向かいに座る。
「あの、先程も言いましたがレグアさんは昔育成係にいたころ、野生の卵を孵化したことがあると聞きました」
「それがどうした」
レグアさんは鋭い目付きでこちらを睨む。
「どうやって野生の卵を孵化させたんですか!?」
「は?」
「その方法が知りたくて貴方を探していたんです!」
ディアンは真剣な顔で訴えた。その表情にレグアさんは驚いた顔になり、そして溜め息を吐き頭を掻いた。
「なんだよ、そんなことか」
少し表情が和らいだような……なんだ?
「てっきり育成課に戻って来いとかの話かと思ったぞ」
フッと笑ったレグアさんは先程までの鋭い目付きとは変わり、優し気に見えた。
「それで、野生の卵を孵化する方法は……」
ディアンは待ちきれないとばかりに再び聞いた。
「知らん」
「「はっ!?」」
え? 今、知らん、って言った!? は!? え!? どういうこと!?
ディアンも目を見開き、前のめりになった。
「知らないってどういうことですか!? 孵化させたんじゃないんですか!?」
「孵化はさせたがだからと言ってなぜ孵化出来たかなんて知るわけないだろうが」
「「えぇぇ」」
「そんな……」
ディアンがなんとも言えない顔をしている……。
「その……なにかしたことがあるとか、普通なら野生の卵にはしないようなこととか、なにかしませんでしたか?」
呆然とするディアンに変わって聞いてみた。なにか少しでも情報があれば手掛かりになるかもだしな!
「うーん……なにかしたこと…………」
腕組みし考え込むレグアさん。
かなり昔らしいしな、記憶も曖昧になっているかもしれないし……期待出来ないかなぁ……。
「うーん……………………」
な、長いな……。
ディアンは祈るようにレグアさんを見詰めている。
「違うこと…………野生の卵にしないようなこと…………、お、あれか?」
「「!!」」
「なんですか!?」
食い気味に聞くディアン。
「そのときの野生の卵はなんでそうすることになったかは忘れたが、そのときまだ孕んでいない番の雌に卵を温めさせたんだ」
「番の雌に……」
「あぁ、思い付くのはそれくらいだな」
やはり竜が温めることが重要だということか?確かに卵の温度が違うと言ってたしな。
ディアンを見ると考え込んでしまっていた。
「聞きたいのはそれだけか? ならもう帰れ」
「え、あ、他には……やっぱりなにもないですか?」
「他にはないって言ってるだろうが」
「あ、はい、すみません」
結局分かったような分からないような、そんな状態でレグアさんのところを去った。
「二度と来るなよ! ヤグワルに言っとけ!」
ペコリと会釈しお礼を言ってそのままレグアさんと別れた。ヤグワル団長を呼び捨てか……スゲーな。
森のなかを歩きながらもディアンはずっと考え込んでいる。
「リュシュはどう思う?」
「番の雌が卵を温める、うーん」
「それが孵化した理由だと思うか?」
「そうだなぁ………………、あ、でもそういえばキーアもそうだな」
「? キーア?」
「あぁ、確かキーアも親がいなくて放置されていたらしいんだけど、そのとき一緒に出会った大人の竜が自分の番が育てたって言ってた」
「そうなのか!?」
「あ、あぁ」
ディアンにガッと肩を掴まれビクッとなる。
「お、俺も今思い出したんだけどさ」
「ということは、やはり魔導具で温めるだけでは駄目だということかもな。やはり竜が温めないと駄目なんだ……」
「でもなんでただ温めるだけじゃなく、竜が温めないといけないんだろうな」
「うーん、そこだよな……調べて分かるだろうか……」
「ま、調べてみようぜ! 俺も協力するし!」
ディアンの背中をバシッと叩き、ディアンは前のめりになった。フフフ、いつも俺がアンニーナに叩かれていたやつだ!
「ハハ、あぁ、頼む」
「じゃあ城へ帰ろうぜ!」
ディアンは晴れやかな顔で頷き、そして城へと帰るのだった。
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