第八十三話 卵の中は……
赤ちゃん竜たちの世話をハナさんに任せて、ロキさんとディアンと俺は番部屋に。
すでにバルとミントも竜舎に戻ったため、部屋のなかは静まり返っている。広い部屋にたった一つの卵。親の竜もなくポツンとある卵は寂し気に見えた。
「…………」
ディアンはずっと無言だった。ただロキさんのあとに続く。
ロキさんは周りに置かれた魔導具を横にずらし、卵の間近に座り込む。卵を触り一通り周りを調べるが、やはり孵化する気配はない。
「やるぞ」
ロキさんの言葉にディアンは一瞬ビクッとするが、意を決したかのようにロキさんの横に腰を下ろした。
俺も二人と向い合せで腰を下ろし、卵を支える。ディアンも同様に卵を支え、ロキさんは金属のピックのようなものを取り出し先端を卵の殻に当て、ピックの尻の部分を木槌で慎重に叩いていった。
少しずつ少しずつ様子を見ながら叩いていく。するとピックの先端が卵の殻に小さく穴を開けた。そこから少しずつ周りも同様に叩いて行き、ヒビを入れて行く。
慎重に少しずつヒビを入れて行き、拳大ほどのヒビが出来上がった。それを少し広げた穴から指を入れ、綺麗に取り除いていく。
そうして拳大ほどの大きさの穴が開いた。
ロキさんは中を覗き込んだのだが、無言。
「ロキさん?」
「暗くてよく見えんが動いている様子はないな。もう少し広げる」
「…………」
そして先程と同様の作業を繰り返していくと、中の様子がハッキリと分かるだけの大きさの穴が開いた。
全員が無言になった。
卵の中はミントの赤ちゃんと同じように粘液が満たされていた。その中には赤ちゃん竜がいる。確かにいる。深緑色の竜。
だが、その竜はピクリとも動かなかった。
ロキさんは卵からその竜を持ち上げ、ベッドの上に横たわらせた。
ミントの赤ちゃんよりも少しばかり小さな竜。しかしなにか奇形があるわけでもなく、病気のような姿でもなく…………ただ眠っているかのようだった。
ロキさんはその竜の身体や呼吸を確認した。
「原因はなにか分からないが、こいつはもう卵のなかにいる時点で死んでいたようだ……」
「「…………」」
俺もディアンもなにも言葉に出来なかった。
ミントの卵が孵化したあとから徐々にそんな気はしていた。だけど、やはりそれを突き付けられるとショックだ。
ディアンは俺よりさらにショックだろう。チラリとディアンを見た。
ディアンは辛そうなのか悔しそうなのか分からないが少し涙を浮かべ、両手を強く握り締めていた。
「この竜を調べてはいけませんか?」
ディアンは強い瞳でロキさんを見詰めた。
「調べる?」
「はい、少しだけ、ほんの少しだけで良いんです! 治癒魔法の感知能力を使って身体の内部を調べられないかと思って」
「…………」
なるほどな、以前シーナさんに教えてもらった治癒魔法では治療師は手を当て内部の悪い箇所を感知する能力があると言っていた。
それを使ってこの竜の内部を探れないか、というわけか。
ロキさんは少し考えたあと頷いた。
「原因が分かるとも思えんが好きにしろ。終わったら埋葬する」
「ありがとうございます!」
ディアンは横たわる竜の身体に手を当てると、大きく深呼吸をし集中しだした。目を瞑り、竜の身体に手を這わせていく。
俺もロキさんもその姿を黙って後ろから見守る。
静寂のなか、部屋の外からの喧騒だけが聞こえてくる。
そんな外の様子に耳を傾け視線が動いたときに、ディアンはフーッと溜め息を吐き手を離した。
「ディアン! なんか分かったか!?」
居ても立っても居られず、ディアンに詰め寄るように聞いてしまった。
ディアンは苦笑するように少し微笑み首を横に振った。
「なにかを感じそうな気がして、気になる箇所は念入りに調べてみたけど……」
「けど?」
「分かりそうで分からなかった」
「そうなのかー……」
がっくりとするが、もうそれはどうしようもないしな。
ディアンは悔しそうに横たわる竜を見た。
「かなり昔だが、野生の卵を孵化させたことがある、と聞いたことがある。そのときいた育成係に会いに行ってみるか?」
「「え!!」」
「そんな人いるんですか!?」
ディアンは前のめりに聞いた。
「お前らが産まれるよりも遥か昔の話だがな。俺も噂でしか聞いたことがない」
「え、そんな人まだ生きてるんですか?」
「竜人だからそこそこは長生きだな。まあ今も生きているのかは知らんが。生きているなら王都のどこかにいるはずだ」
「えぇ……」
生きてるか分からないって……しかもどこにいるか分からないのかよ。
それでもディアンは少しでも情報が欲しいのか、強い瞳で答えた。
「その人の情報を教えてください」
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