第八十二話 孵化
クフィアナ様が番部屋にやって来てから、数日が過ぎたある日。
赤ちゃん竜の食事準備をしていた俺の元へ、ディアンが慌てながら呼びにやって来た。
「リュシュ!! 孵化しそうだ!!」
「!!」
「急げ!!」
ゴリゴリしていた手を止め、赤ちゃん竜には悪いが後回しだ! 急いで番部屋へと走った。
番部屋へと入るとロキさんがいた。
「ロキさん!!」
ロキさんは目配せするように卵へと視線を送る。
バルとミントが寄り添いながら卵を見守る。
大きな卵は一瞬揺れたかと思うと、大きなヒビが入り、そこからさらにヒビが一気に広がった。
じっと見守っていると、大きなヒビから欠片が剥がれ落ち、なにやら蠢く影が見えた。
そしてその影は内側から突き破るように、さらに殻を砕いていく。
ヒビはどんどんと広がり、欠片もボロボロと剥がれ落ちる。
大きな穴が開いた!
そこから突き破るかのように、今まで影にしか見えなかったそれが、ひょっこりと顔を出した。
粘液のようなものに覆われ、まだ柔らかそうな皮膚。目もまだ開いていないような弱々しい姿。しかしそれでもその姿はまさしく竜だった。
真紅の色をした弱々しい小さな竜。
殻を突き破り、飛び出した頭はアンバランスで、重さに耐え切れなかったのか、前のめりにコロリンと転がり、そのはずみで卵の硬い殻は一気にバラバラと崩れ落ちた。
『キュルル……』
まだ目も開かない小さな小さな竜は弱々しくも小さな鳴き声を響かせた。
「「産まれた!!」」
ディアンと俺は思わず声を上げた。ロキさんは安堵の溜め息。
二匹の親たちは嬉しそうに産まれたての赤ちゃん竜に鼻を摺り寄せた。
「良かった……」
ロキさんはボソッと呟くと赤ちゃん竜の傍に寄り、バルとミントに確認すると赤ちゃん竜にそっと触れた。
『キュルル』
まだ目が開いていない赤ちゃん竜は触れられたことに驚くでもなく、小さな鳴き声を上げ、ロキさんの手の匂いを嗅いでいるようだった。
ロキさんは赤ちゃん竜を持ち上げ、身体を確認していく。
「布を濡らして持って来てくれ」
「? はい」
ロキさんに言われるがままに、食糧庫まで戻り布を水に濡らし持って行く。戻る途中でハナさんに孵化したことを報告すると泣いて喜んでいた。
ロキさんに濡らした布を渡すと、その布で赤ちゃん竜の身体を拭いて行く。なるほど、粘液を落としてやるんだな。
身体を拭いている間に、と孵化したあとの卵の殻を片付けていく。
大きな卵の上半分は全て割れてバラバラに床に散らばっている。それを全て拾い、まだ大きな殻のままだった下半分と一緒に部屋の隅へと移動させる。殻の中には粘液がトプンと漂い、歩くたびに揺れた。
綺麗に拭き終わった赤ちゃん竜をミントの傍にそっと降ろすと、ミントは目を細め赤ちゃん竜に鼻を摺り寄せる。
「一週間ほどはバルとミントと一緒に過ごさせる。そのあとから他の竜たちと一緒だ」
バルとミントは頷き、俺も一緒に頷いた。ディアンは手を出すことはしないが、赤ちゃん竜に釘付けだ。穴が開くのではないかというくらい見詰めていた。
そうやって無事に産まれた赤ちゃん竜がバルとミントの傍から離れようかというくらいの日々が過ぎようとも野生の卵は孵化する様子がなかった。
「なんでだろうな、なぜこいつは孵化しないんだろう」
ディアンが辛そうな表情で野生の卵を撫でた。
「バルやミントの赤ちゃんよりのんびり屋なのかもしれないぞ?」
「ハハ……」
励ますつもりで軽口を叩くが、ディアンは上の空だ。まあ気になるよな。このまま孵化しないんだろうか、元から産まれる能力のない卵だったのだろうか。色々考えても答えが出るわけでもない。ひたすら待つしかないんだ。
無事にミントの赤ちゃん竜が他の赤ちゃん竜たちと一緒に暮らし始めた。
まだ弱々しい赤ちゃん竜だが、それでも他の竜たちに負けじと大きな声で鳴く。
真紅の色はバルの色を継いだようだ。瞳の色は薄い空の色だった。ロキさんと同じだな。
産まれたての赤ちゃん竜は特になにをするでもなかったため、今日も元気かどうかの確認だけだった。
一週間の間は特になにも食べなくとも大丈夫なのだそうだ。水だけはミントが促し飲ませていたが、本来水もいらないらしい。
そうやって徐々にミントの赤ちゃん竜が他の赤ちゃん竜と馴染んで来たころ、ロキさんがディアンに声を掛けた。
「いくらなんでも長すぎる気がする。卵を割ってみようかと思う」
「!!」
ディアンは驚いた顔になり……
「はい……」
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