第八十一話 リュシュとクフィアナ

「お、おい! リュシュ! 大変だ!!」


 なにやら血相を変えてディアンが現れた。俺はというと番部屋の掃除中。


「ん? どうかしたのか?」


「じょ! あ、違う!」

「じょ?」


「クフィアナ様が!!」


 それだけ言ったと同時にディアンの背後から真珠色の髪に真っ白な肌、綺麗な銀色の瞳のクフィアナ様が現れた。


「あ……」


 初めて間近で見るクフィアナ様の美しさは半端なかった。透き通るような透明感というのだろうか、神秘的なものを見ているような気分になる。

 唖然と見惚れているとクフィアナ様の背後から入城式典のときの男ともう一人女が一緒に現れた。

 男はじろりとこちらを見たかと思うと眉間に皺を寄せた。


「育成係はまだ新人のリュシュと治療師のディアンです。二人には卵の世話を任せています」


 さらに背後からロキさんが登場したかと思うと俺とディアンの紹介をしてくれた。

 あ、自ら名乗れってことか! あの男が眉間に皺を寄せるわけだ! 女王を前にしてボーっとしやがって! ってことなんだろう。


 いや、でもまさかこんな間近でクフィアナ様を見られるなんて思わなかったから緊張が……。


「うん、リュシュとディアン、卵の様子はどうだ?」


 クフィアナ様は無表情のままだが穏やかな声で話した。


「あ、あ、は、はい、あの……えっと……」


 な、何を言ったら良いんだ!! あわあわと焦ってしまい頭が真っ白に! 助けを求めディアンを見る。


「はい、あの、今のところ特に変化もなくなんですが……、二匹の番の卵とは野生の卵の温度が違うのが気になります」

「温度?」

「はい」


 ディアンは今までの経緯を説明している。

 あぁぁあ、情けない!! なんで俺はこうなんだ!! まともに受け答えすら出来ないなんて!! うぅぅ、自分にがっかりだ……。


「ふむ、ディアンの言っていることは確かに気になるな。しばらく注意深く様子を見てやってくれ」

「はい」


「リュシュは順調に竜騎士を目指しているのか?」

「え!?」


 ディアンとの話が終わるとこちらに振り向いたクフィアナ様が少し優し気な顔をして聞いた。


「な、なんでそれを……」


 俺が竜騎士を目指しているなんてなんで知ってんの!?


「城にいるものたちの状況は逐一報告をお聞きになっています」


 横の男がこれまた不機嫌そうに答えた。

 お、おぉ、そうなんだ……俺のいきさつも知られているわけだ……なんか恥ずかしい……竜騎士の試験に落ちたのに竜騎士を目指しているなんて……なんて馬鹿なことを、とか思われてないだろうか。


 チラリとクフィアナ様を見ると、微笑んだ……?

 しかしすぐに無表情に戻られてしまい、本当に微笑んだのかも分からなかった。


「頑張って竜騎士になってくれ、では行く」


 フッと笑ったように見えたクフィアナ様は長い髪を靡かせ、くるりと後ろを向いたかと思うと番部屋から出て行った。


 あ!! あのことを!! あの日のことを聞きたかったんだ!!


 慌てて後を追うように番部屋から飛び出し叫ぶ。


「クフィアナ様!! あ、あの日!! あの日、あの森にいましたか!?」


 クフィアナ様があの白竜ならば、きっと今の台詞だけで分かるはず、そう願った。


 側近の男が怪訝そうな顔で振り向き、一緒にいた女も不思議そうに振り向いた。


 そして…………クフィアナ様が真珠色の髪を靡かせ振り向いたその顔は、懐かしいものを見るかのように嬉しそうな顔で微笑んでいた。


 クフィアナ様はなにも言わず去っていった。




「あの日ってなんだ?」


 ディアンが横に並ぶと不思議そうに聞いた。


「ん? 秘密、ハハ」


 晴れやかな気分で俺は今最高潮に幸せな気分だった。



 ◇◇◇



「あの日とはなんのことです?」


 何事もなかったように歩き続けるクフィアナに向かってマクイニスは聞いた。


「ん? あー、いや、なんでもない……」


「…………」


「だ、だから! なんでもない!!」


 じとっとした目で見詰められ、クフィアナは怯むがこれを話してしまうと、竜化したことも、子供に見付かったことも、その子供を背に乗せて飛んだこともバレてしまう。

 あの日抜け出してどこかに行っていたことはすでにバレて、あの日こっぴどく叱られたのだ、これ以上叱られる必要もないだろう、とクフィアナは固く口を噤んだ。


「…………はぁぁあ、まったく。隠し事がお好きな女王だ。余計なことをして手を煩わせないでくださいね」

「…………」


 別に余計なことをしているつもりは全くないのだ。叱られることに納得がいかないクフィアナはムスッと不機嫌になる。あの日だって、ナザンヴィアの様子が気になったから国境まで行ってみただけなのだ。なにやら不穏な気配を感じたから。

 しかしそこであの子供に会うなど予想していないことなのだから仕方ないだろう、とブツブツ。


 しかしあのとき迷子になって泣いていた子供が竜騎士を目指すために王都に来た。

 自分に会いたければ王都に来い、竜騎士になれ、とは言ったものの、本気にするとは思っていなかった。まさか本当に竜騎士を目指すとは。

 大人になったものだ、とクフィアナはクスッと笑った。

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