第六十六話 港町ヤナ

 太陽の光を浴び、キラキラと輝く真っ青な「海」。


「スゲー……」


 その広さにただただ圧倒された。

 眼下にはヤナの街が広がるが、その先には一面ただ真っ青な水しかない。なんてデカいんだ。カカニアは内陸のため、海を見たことはなかった。本で読んだり、ヤナの街に行ったことがある人間に話を聞くくらいでしか知らなかった。


 それはフェイたちも同じだったようだ。皆、驚きの表情を浮かべている。しかしそんな感動を待ってくれるでもなく、ヤグワル団長は降下の合図を送った。


 上空から見えるヤナの街は石畳が広がり、石造りの建物。茶色い屋根に白い壁。多くの人が行き交い、広場には露店などもたくさん並んでいた。港町らしいというべきか、明るく活気のある印象だ。


 港には数隻の船が並んでいたが、ここ最近の海獣騒動のせいか、船は港に繋がれており、出航するような気配はない。


 ヤグワル団長はヤナの上空を数回旋回すると、降り立つ場所の目処が立ったのか港よりも離れたところへ向かって降りて行く。


 そこは街中にありながら平地の広い空間になっている。すぐそばにはお屋敷が見える。どうやらこの屋敷の敷地か? こんなところに勝手に降りて良いのだろうか、と疑問に思いつつも、他の竜騎士たちもフェイたちも、もちろん俺もだが、それに続く。


 竜が着地する寸前、屋敷から誰かが出て来た。茶色い髪の紳士然とした男。竜の巻き起こす風圧に少しも動揺する様子もなく、竜の降り立つところをにこやかに眺めていた。


 無事全員が降り立つとヤグワル団長は竜から降り、その男のほうへ歩を進める。

 ヒューイの背から降りながらそれを見守っていると、男はにこりと笑いヤグワル団長に手を差し出した。


「ようこそ、ヤナへ。来てくださって感謝致します。私はヤナのロナス商会を任されております、ロナスの弟、キアフスと申します」


 にこやかにそう告げ、ヤグワル団長はその手を取り握手を交わした。


「王都竜騎士団長のヤグワルだ。状況の説明を頼む」

「えぇ、ではとりあえず屋敷のなかへ。皆様お疲れでしょう、お茶をご用意致します」


 キアフスさんは他の皆も見渡しそう言った。


 ヤグワル団長はキアフスさんに続き、竜騎士たち、俺たちもそれに続いた。竜たちは一先ずこの場で待機命令を出し、皆それに従った。ヒューイだけはやはり落ち着きがなかったが……。


 背後から『あぁ、疲れたなぁ』やら『腹減ったなぁ』やら竜たちの愚痴が聞こえて来た。思わず吹き出してしまい。アンニーナに怪訝な顔をされる。

 ヒューイはというと『つまらん!』とドスドスと音を立てながら歩き回っていた。おいおい……。



 屋敷へと入ると、中は豪華絢爛というでもなくとても質素なものだった。とても広く、掃除も行き届いている。古めかしい様子もないし、小綺麗な屋敷だ。しかし調度品はどれも質素でどこの家にもありそうなものばかり。あんな大きな商会を経営している一族の家とは思えない質素ぶり。


「ロナス商会の一族は皆さん、とても倹約家らしいわよ」


 アンニーナが小声で言った。


 最初名もない商店で貧乏な暮らしをしていたが、ヤナで地道に頑張り、あらゆる商品を取り扱うようになり、商売の幅を増やしていった。今でこそあんな大きい商会になったのだが、それまでは周りの多くの商店たちにたくさん支えられてきた。だから今もなおその当時を忘れないため、自分たちにはお金をかけずに生活をしているのだそうだ。


「へぇ、凄い人たちだな。っていうかさ、アンニーナってそんな詳しかったっけ?」

「ふふん、今回討伐の依頼が来たときに調べてみたの」

「そ、そうなんだ」


 屋敷が広いのは店も兼ねているのだそうだ。屋敷の半分がロナス商会のために使われている。残り半分の居住スペースも従業員用の部屋がほとんどでキアフス一家が使っているのは一部分だけらしい。


 それでも客室は用意されているので、今回の討伐のための寝泊まりはそこを提供する、とヤグワル団長に申し出ていた。


 応接室でヤグワル団長はキアフスさんと状況確認をしていた。


「ワシェヌとの航路で一週間ほど前から出没するようになったのですが、どうも異常に巨大化した鯨のようなのです」

「巨大化した鯨?」

「えぇ、見た目はバレイラシュという鯨なのですが、普通ならこのバレイラシュは精々大きいものでも三階建ての建物ほどの大きさまでなのですが、今回襲われた船乗りたちの話からすると、その五倍はあるのではという大きさらしいのです」


「五倍!?」


 やべっ、つい口に出ちゃったよ。思わず手で口を押えるがすでに遅い……、全員の注目を浴びた……あぁ、やっちまった。


 キアフスさんは少し驚いた顔になったが、すぐにクスリと笑い話を続けた。ヤグワル団長も苦笑しながら、キアフスさんに視線を戻す。アンニーナやネヴィルはやはりというかなんというか……笑いを堪えきれず顔を背けながら肩を揺らしてやがった。ちぇっ。だって五倍なんて話を聞かされたら驚くじゃないか!


 ヤグワル団長や竜騎士たちは元から大体の報告は受けていたのだろう、五倍という大きさを聞いてもさほど驚いてもいなかった。


「街のものたちで確認をしようと船を出したり、なんとか討伐出来ないかとワシェヌのものたちとも協力し、挑戦もしたのですがどうしてもその大きさを相手に我々には無理でして」

「ふむ、今日日が沈むまでの間に一度確認しに行こう」

「今からですか!?」

「あぁ、おい! 全員、竜の準備を!」

「「「「はっ!!」」」」


 竜騎士たちはヤグワル団長の号令とともに、屋敷の外へと急ぎ戻った。フェイたち見習いと俺は慌ててそれに続くのだった。

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