第五十七話 騎乗訓練

『フハハハ!! 馬鹿め!! 俺がそんな簡単に大人しくなると思ってんのか!』


 フン! と鼻息荒く、見下すように振り落とした俺を見たヒューイ。

 ヴァーナムさんもリンさんも「あっ」といった呆気に取られた顔。俺はというと……


「…………お前な…………」


 自分でも驚くくらいの低い声が出た。その声にヒューイは一瞬ビクッとする。


「いい加減に…………」


『な、なんだよ、文句があるならヴァーナムに言え!!』


 明らかにおどおどしだしたヒューイ。そして俺はブチ切れた。


「お前なぁぁぁぁああああ!! いい加減にしやがれぇぇぇぇえ!! いつまでも甘ったれてんじゃねーよ!!」


 そう叫んだと同時に勢いよくヒューイの背中に飛び乗り、手綱を握る。ヒューイは再び振り落とそうと暴れるが、ヒューイの首をこちらにのけぞらせるくらい力任せに手綱を引く。

 ぐえっ、とヒューイの唸る声が聞こえたがこの際無視! 力の限り手綱を引く。恐らくヒューイが本気を出せば、あっという間に手綱ごと吹っ飛ばされるだろうが、そこはヒューイも遠慮をしているのか、吹っ飛ばされることはなかった。


「お前はいつまでも訓練係にいるつもりか!? 竜騎士の騎竜になりたいんじゃないのかよ!!」

『お前が竜騎士を落ちたりするからだろ!!』


「……ん? それってどういう意味だ?」


『…………』


 んん? つまり……、俺がいないから? 俺が竜騎士にいたら素直に騎乗訓練してたってことか?


「そ、それは……なんというか……ごめん」


 俺からしたらあれが精一杯の試験だったんだが、まさかヒューイがこんなに期待してくれていたとは……。


『フン』


 なんというか……ツンデレ? ヒューイって俺のことめっちゃ好きなんじゃ……、こんなこと口に出したら食い殺されそうだけど。


「なーにイチャイチャしてやがる。早く行け」


 ヴァーナムさんが「シッシッ」と手で追い払おうとする。イチャイチャって……竜とイチャイチャしても嬉しくない……しかも雄だし……。


「あー、とりあえず良いか? ヒューイ、飛ぶぞ?」



 それからは憑き物が落ちたかのように大人しく従うようになったヒューイ。まあ口は悪いんだけど。


 それでもやはりヒューイと飛ぶ空は気持ちが良かった。


 空高く舞い上がったヒューイは演習場を旋回するように飛ぶ。あの試験のときと同じだ。ヒューイがどう動こうとしているか、どう動きたいのかがなんとなく分かる。

 ヒューイもそれが分かるのか俺たちはお互いに身体を預けているような感覚だ。やはり俺とヒューイは相棒になる運命? ……うーん、でも俺……育成課だしな……ほんとごめん、ヒューイ。


 そんなことを考えているのが分かったのかヒューイは何も言わなかった。


 演習場を旋回していると眼下に竜騎士たちが剣の訓練をしているのが見えた。アンニーナたちもいる。やはり見習いじゃない竜騎士ともなると、確かに動きが違うのが分かるな。ネヴィルが言ってた通りだな。アンニーナたちと動きが全く違う。いや、まあアンニーナやフェイ、それにネヴィルも俺からしたら凄いんだが、それでもやはり長年竜騎士を務めているものたちとは比べ物にならないな。


 そんなふうに感心していると何やらキラリと光った。そちらに目をやるとあれは……


「女王……」

『んあ?』

「あ、違う、クフィアナ様か」


 クフィアナ様は先日式典で見かけた男ともう一人真紅の髪をした女を連れていた。どうやら激励にでもやって来たのか?

 竜騎士たちは訓練を止め、クフィアナ様の前に集まり整列した。なにやら話しているが、さすがにここまで声は届かない。


「おーい! そろそろ降りて来い!」


 地上からヴァーナムさんが声を張り上げた。


「気持ち良かったけど、もう終わりだってさ。ヒューイ、降りよう」

『あぁ』


 そう返事をするとヒューイはゆっくりと地上へと戻る。そのときふと視線を感じ振り向くと、クフィアナ様と目が合った気がした。


 いや、でも、竜騎士たちに囲まれているクフィアナ様と目が合うわけないよなぁ。気のせいか。


 そして地上に降り立ったヒューイの背からするりと降りるとヴァーナムさんが嬉しそうに近寄って来た。


「いやぁ、良かった良かった! 一時はどうなるかと思ったが、ようやくヒューイも素直になりやがったな」


 そう言いながら俺の肩をバンバン叩く。い、痛いからやめて……。


『フン』


 相変わらずヒューイはツンのままだが。


「これから俺と一緒に訓練しような?」

『…………仕方ねーからしてやるよ…………』


 それだけ言うとヒューイはプイッとそっぽを向く。


「素直じゃねーな」


 ヴァーナムさんはそんなヒューイを見て笑った。俺もヒューイのツンデレぶりがおかしくて一緒になって笑ってしまったのだった。


 その日からはヒューイは言うことを聞くようになり、順調に騎乗訓練が行えるようになった。




 ある日、騎乗訓練や教育係の仕事にも慣れて来たころ、休日が重なったディアンが寮を訪ねて来た。

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