第五十六話 その気にさせる作戦

「お前な!! リュシュとしか上手く飛べないんだろうが!! ならリュシュと飛べ!!」

『嫌だ!! 竜騎士でもないやつと誰が飛ぶか!!』

「んなこと言ってたらいつまで経っても訓練にならねーだろうが!!」

『なんでこの俺が育成課の新人なんか乗せなきゃならねーんだ!!』

「それはお前が他のやつを乗せねーからだろうがぁぁぁあ!!」


 ヴァーナムさんがブチ切れた。ごもっとも。


『うぐっ、でも俺は竜騎士落ちたやつなんか乗せねー!!』


 そう叫んだと思ったらヒューイはまた飛んで逃げた……おい。


「くっそ、あいつ!!」


 ヴァーナムさんが怒り心頭だ。


「やはり駄目か、仕方がないやつだな、ヒューイは」


 リンさんはめちゃ冷静だな。

 ヴァーナムさんは深い溜め息を吐きこちらを向いた。


「あー……、リュシュ、来てもらったのに悪いが……」

「ハハハ……今日は無理そうですね……」

「はぁぁあ……すまんな……はぁぁぁあ」


 物凄い溜め息連発。苦笑するしかなかった。


「ま、まあ仕方ないですよね。それよりあのヒューイの反抗期、どうにかならないもんですかねぇ」


 あの調子じゃいつまで経っても騎乗訓練なんか出来るはずもなく、そうするとヒューイ自身もずっと訓練係にいたままになるんじゃ?


「ブッ、お前まで反抗期って」


 怒り心頭だったヴァーナムさんは反抗期という言葉に笑った。シーナさんの受け売りだけど和んで良かった。デカい竜人が怒りまくってると怖いんだよ!


「でも本当にこのまま訓練係にずっと、とかって訳にもいかないですよね?」

「あぁ……」


「そこをついたら良いんじゃないか?」

「「は?」」


 リンさんが無表情のまま言った言葉に理解出来ず、ヴァーナムさんと二人で間抜けな声を上げてしまった。


「ヒューイのプライドを刺激してやれば良い」

「なるほどな!」

「?」


 ヒューイのプライド? キョトンとしているとヴァーナムさんが苦笑しながら説明した。


「ヒューイは異常なほどにプライドが高いからな。いつまでも訓練係にいることになるとか、自分で許せないだろ」


「!! なるほど!! いつまでも訓練係から抜け出せないことを匂わせたら」

「嫌でも訓練する気になるだろ」


 ヴァーナムさんはニヤッと笑った。そんな様子にリンさんもクスリと笑う。


「というわけで、これからはヒューイがその気になるまでプライドを刺激する作戦だな」


 地味な作戦だが、今はこれくらいしかヒューイをやる気にさせる方法もないしな。




 翌日からヴァーナムさんによるヒューイをその気にさせる作戦が始まった。ダサいネーミングはこの際無視して……。


 俺は教育係をこなしながら、この日はどうだった、との連絡だけを待つことになった。

 ヴァーナムさんの作戦はシンプルだった。ひたすらヒューイを訓練に参加させない、それだけだった。俺との騎乗訓練すら出来ないやつは地上での訓練も参加する資格がないとかなんとか言って、全く訓練をさせなかったらしい。


 それはさすがに堪えたらしく、その作戦を決行してから五日後にはヒューイが折れた。意外と早かったな、とヴァーナムさんは勝ち誇ったように笑った。


 そしてその次の日に再び訓練係を訪れてみると、かなり意気消沈したヒューイがいた。ブッ。い、いかん、思わず吹き出してしまった。気付かれなかったか? さらにプライドを傷つけるとかは駄目だろ。可哀想過ぎる……と思いながらも、シュンとしている姿に笑いそうになってしまう。


「あ、あー、ヒューイ、元気?」


 笑いそうになるのを抑えようとしたら、わけの分からん挨拶になった。


『…………』


 ヒューイ、無言。


「ヴァーナムさん……、ちょっとやりすぎなんじゃ……」


 こそっとヴァーナムさんに耳打ちする。ヴァーナムさんは頭を掻きながら苦笑した。


「い、いや、まあ、なんというか…………、さ、騎乗訓練だ!」


 誤魔化したな。

 ヒューイの意気消沈ぶりが可哀想になってくるな。だ、大丈夫か、これ。


「ヒューイ、大丈夫か?」

『……気にするな……』


 いや! 気になるわ!! あんな俺様だったヒューイがこんな物静かなんて調子狂う!!


「と、とりあえず鞍を付けろ」


 ヴァーナムさんが目を逸らしながら置いてあった鞍を指差した。

 仕方ないから進めよう。鞍を持ち上げ……ようとしたんだけど、デカいし重い!


「うぐっ」

「おいおい、鞍くらいは自力で持ち上げてくれよ?」

「わ、分かってます!!」


 ヒューイは俺が竜騎士じゃないからあんな嫌がってたのに、これ以上弱々しい姿を見せるわけにもいかないしな。ここは気合いだ!!


 ふんっ!! と力の限りで持ち上げヒューイの背に乗せる。ぜいぜいと息切れしそうだったが、グッと我慢。こんなことでヒューイに嫌な思いはさせられない。


 背に乗せた鞍はリンさんに教えてもらいながら、腹のところでベルトを止める。ずり落ちないことを確認すると、手綱も装着。ヒューイはすっかり大人しく、手綱を付けられてもなんの反応もなかった。ほ、本当に大丈夫か? ヒューイのやつ……。


「よし、装着完了したな。では他のやつは地上訓練をしているからお前たちはとりあえず自由に飛べ」

「え、自由で良いんですか?」

「あぁ、とりあえずはお前とヒューイが訓練中だけとはいえ相棒として認め合わないとな。それにヒューイは他よりかなり出遅れてる。早めに慣れてもらわんと困る」

「わかりました!」


 やった! 自由に飛んで良いなんて最高じゃないか! よし、早速……


 ヒューイに乗り上げた。……かと思ったら、ヒューイは思い切り身体を振るわせ振り落とされた。


「えっ?」

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