アンニーナとフェイの試合 その二 魔法

 魔法戦はかなり気を遣う。相手が何の魔法を使うか分からない、相性の問題もある。

 大爆発などはないが、やはりそれなりに危険だったりもする。だから常に治療師が神経を尖らせている。


 アンニーナの魔法戦もそうだった。


 アンニーナは炎使い。対戦相手は水使いの男だった。明らかにアンニーナの分が悪い。


 目の前の対戦相手にアンニーナはどうするべきか、必死に考えを巡らせる。


 炎弾を撃ち込もうが、炎矢を撃ち込もうが、炎の壁を作ろうが、どれも水魔法で打ち消されてしまう。


 足を使い走り回り、死角になる位置から撃ち込んでみても同じだった。男は自分の身体に水で膜を張っていた。

 アンニーナの炎が一切効かない。


 どうすれば……そのとき苦肉の策を思い付く。


 ある意味危険だからあまりやりたくはないけれど……そんなことも言ってられないしね。


 そうアンニーナは決意した。

 アンニーナは走り回るのをやめ、男の正面に立ち止まる。男を真っ直ぐに見据え両手を前に突き出した。


「あんたの水と私の炎のどちらが勝つか勝負よ!」

「!?」


 男は意味が分からず身構えた。


 アンニーナは男の周りに炎の壁を作る。男は「またか」とばかりに、自らを水の膜で覆い、さらには水の壁で対抗した。

 炎が小さくなりアンニーナを襲う。


「まだよ!!」


 アンニーナはさらに集中、掌に力を込めた。

 すると炎の壁は再び勢いを増し立ち上る。男は一瞬ギョッとしたが、すかさず水の壁を大きくした。


 そうやって魔力を勢い良く消費しながらもお互いに炎と水を維持し合っていた。


 しかし均衡が崩れたのは一瞬の出来事だった。


 徐々に魔力の限界が近付いてきた男は一瞬気が緩んだ。それをアンニーナは見逃さなかった。

 アンニーナ自身ももうすでに魔力の残りは少なかったが、最後の気力を振り絞り、今までにないほどの炎を噴き出した。


 アンニーナから放たれた炎は激しく燃え上がり、男の水魔法すら蒸発させて行く。

 蒸気を上げながら徐々に勢いをなくしていく水魔法は、もう反撃出来るだけの余力がなかった。


 男の周りに張られた水の膜すら蒸気を上げだしたとき、ヤグワルが叫んだ。


「そこまでだ! 魔法を消せ!」


 その叫びにハッとしたアンニーナは慌てて炎を消した。

 そしてその場に座り込んでしまった。もうアンニーナ自身も魔力の残りが限界だったのだ。


 男は気力だけで立っていたのか、アンニーナが炎を消すと気を失い倒れ込んだ。


 二人の元に慌てて治療師が駆け付け、アンニーナと男に魔力回復薬を飲ませたのだった。


「やりすぎだ、余力を残さん戦い方は最終手段だ。魔力切れなんて起こしたら死ぬぞ。そうならないように戦え。いかに生き残るかをまず考えろ。国に必要なことは《死》ではない《生きること》だ」


 ヤグワルはアンニーナと男にそう声を掛けた。


 アンニーナにとっては今思い付く精一杯だった。少し不満げにもなるが、ヤグワルの言っていることは理解出来るため、不利な相手と戦う場合どうすべきか、それが今後の課題になるだろう、と自分を戒めた。



 ◇◇◇



 フェイは炎と風と土。それらの三つの魔法を使えるということはかなりの稀である。

 王都の竜騎士や魔法部隊には何人かいるが、それでもそれほど人数がいないのが現状だ。


 幼いころから三つの属性に目覚めていたフェイにとってはそれが特別だとは全く思っておらず。逆に他のものたちが一つの属性しか使えないことに最初は驚いていたものだ。


 それほどフェイにとったら三つの魔法は身近なものだった。


 そういう意味でも余裕のあるフェイだが、しかしフェイは油断が命取りになることを理解していた。いくら三つの魔法を使えるからといって決して気を抜くことはなかった。


 静かに冷静に、どのような相手だろうと集中していく。


 対戦相手の男は同い年くらいだろうか、スラっと背が高く、涼しい顔をしていた。


「お前の噂を聞いたことがある、三つの魔法を華麗に操る麗しの魔法使いだとか」


「えっ!?」


 な、なんだその恥ずかしい二つ名のような名称は。


 フェイは驚き男を見た。


「い、いやいや、そんな大層なものじゃ……」

「謙遜するなよ、三つも属性を持っているやつはそれだけで自慢出来る実力だろう。羨ましいことだ」

「え、いや、別に自慢することでもなく……」


 そう言われてもこれが当たり前だったフェイからすると、あまりに褒められても違和感しかない。

 しかしこれ以上反論すると逆に怒られそうだな……、と口を噤む。


「でも俺もそんな簡単にやられるわけにもいかないからな! さあ、勝負だ!」




 男は雷の矢を放った。フェイは土壁を出し雷の矢は土壁に刺さると消滅した。

 フェイがそれを防ぐことを予想していたのか、男は雷矢を放った瞬間にフェイへと走り出していた。


 土壁を消したフェイは目前にいる男に一瞬ぎょっとするが、咄嗟に後ろに飛ぶ。男はフェイの間近で放電させる。拳に雷を纏わせ、フェイに向かって勢い良く腕を振り下ろすと、拳にあった雷が無数に放電され、フェイを捕えようと走る。


 フェイは自らの周りに竜巻を起こし、さらに土魔法との混合技! 砂竜巻を作り出した。男が放った雷は砂竜巻に絡め取られ、フェイが竜巻を消すと同時に雷も一緒に消滅してしまった。


「くそっ、やっぱり一筋縄ではいかないな」


 男は悔しそうに呟く。


 フェイは炎弾を撃ち込むが、男はそれを雷撃で撃ち落とした。


 ふむ、単純な技で勝てるほど甘くはないか。なら、一気にいかせてもらう。


 フェイは風魔法で男の周りに竜巻を起こした。男は身動きが取れなくなる。しかし、男は天に向けて雷撃を打った。


「?」


 フェイは竜巻の中心から放たれた雷撃を見上げる。すると竜巻から飛び出した雷撃は空中で破裂するかのように四方八方に飛び散った。それは雷矢となり辺り一面に降り注ぐ。


 慌てて自分の周りにも砂竜巻を起こし、再びそれらの雷矢を絡め取る。それと同時に男の周りにある竜巻に炎を纏わせ炎竜巻に。男は激しく燃える炎竜巻の熱風に思わず顔を歪める。


「そこまでだ!」


 ヤグワルが叫ぶと、それを聞いたフェイは炎竜巻を消滅させた。


 男は熱さと息苦しさでぐったりとし、その場に座り込んだ。治療師が慌てて駆け付け男の様子を見る。


「はー、三つの魔法の合わせ技か、とんでもないな、お前」


 ヤグワルは腕組みをしながらフェイを見た。


「子供のころから色々工夫してみたりしていたもので……ハハ」


 なんとなく居心地の悪さを感じながらも、治療された男が何ともなさそうでホッとするフェイなのだった。

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