第十九話 緊張の待ち時間
「彼、結構強いらしいよ」
あまりじろじろと見ているとキレられそうだったので、チラリとしか見ることが出来なかったが、鋭い目付きだけでなく、しなやかに鍛えられた筋肉質な身体が凄みを増す。
静かに精神統一でもしているのか腕組みをしながら、壁に凭れ部屋を一望している。
「あの人のこと知ってんの? 知り合い?」
「いや、知り合いではないけれど、噂で聞いたことがあるんだ」
「噂……」
「うん、街にある訓練場で模擬戦が行われたらしいんだけど、そこの師範を打ち負かしたらしいよ」
街には武芸を上げるために何か所か訓練場があったりする。カカニアにも一か所あったくらいだ。そこの師範になるためにはやはりそれなりな力量がないとなれない。
それを打ち負かしたと……。えぇ、なんでそんな人と……、ついてない……。
あからさまにがっくりとした俺に驚いたのか、フェイは慌ててフォローした。
「ま、まあ模擬戦は勝敗じゃないし! それに……」
「それに?」
「うーん、大丈夫じゃない?」
「え? 何が? 何が大丈夫?」
「え、あー、なんとなくリュシュなら大丈夫じゃないかな、と」
「なんとなくって……」
「ハハ、ごめん」
なんとなく大丈夫って言われても全く安心出来ないし!
しかもフェイは俺の弱さなんて知らないしな。はぁぁあ、あの人かぁ……もう一度チラリと見た対戦相手は相変わらず鋭い目で宙を睨んでいた。
それからもフェイと食事しながら話していた。フェイはニ十歳、ディアンと同じだな。
なぜその歳で採用試験に来たのかを聞くと、家族が亡くなったからだ、と言った。天涯孤独になり、将来安泰の城での採用、さらには一番給料の良い部署へ行こうと決めて来たらしい。
おぉ……、超現実的……。
「それなりに剣も使えるし、魔法も得意だったからちょうど良かったんだよね」
そう言いながらフェイはアハハと笑った。
「でも危険な職業じゃないのか? もっと安全な部署でもフェイなら十分やっていけそうなのに」
初対面で何を知っているんだ、って感じだが、フェイは頭も良さそうだしな。
「どうせ心配する人もいないしね」
少し寂しそうに笑うフェイ。それを見て俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
そうこうしているうちに一組目、二組目……と模擬戦を終えたやつらが戻って来る。
肩で息をしながら戻るものや、治癒魔法で治してもらったのだろうか、しきりに腕や脚を気にしているもの。大した怪我じゃないからと治癒してもらえなかったのか、あちこち傷だらけで戻って来るものもいた。
「リュシュ! 行ってくるわね!」
アンニーナが俺を見て手を上げながら言った。
「もうアンニーナの番か、うん、頑張れ!」
「ありがと!」
そう言いながらアンニーナはニッと笑い控えの間を出て行った。
『アンニーナ! 次、アンニーナが戦う!?』
「ん? キーア、お前どこにいたんだよ」
そういえば食事している間、キーアがいなかったような……。
『キーア、戦い見てたー! アンニーナも見るー!』
そう言ってバサバサと外に飛んで行くキーア。ズルい……。俺も見てーよ。
「あのドラゴン、リュシュのなんだね。凄いな」
「あー、うん、俺のというか、成り行きでね。アハハ」
ま、また注目されてる……居たたまれない……。メンタル強化の魔法が欲しい……。
そわそわしながらアンニーナを待っていると、アンニーナよりもキーアが先に帰って来た。
『アンニーナ強い! かっこいい!』
くっそー! 俺も見たかった!!
「ただいま!」
キーアに続き笑顔のアンニーナ。さすがアンニーナ、全く問題なしだったみたいだな。
「おかえり、アンニーナ、どうだった?」
「うん、まあ最初はやっぱり相手が分からないから緊張したけど、余裕だったわよ」
アンニーナは笑顔で答える。
少し遅れてどうやらアンニーナの対戦相手だったのだろう男が戻って来た。物凄い悔しそうな顔をしてこちらを睨んでいる。
「チッ」
明らかにこちらに聞こえるよう大きく舌打ちをした男は、少し離れた席にドガッと音を立てて座った。
「勝敗は関係ないって言われてるけど……勝ったんだな?」
「ん? あったり前でしょ! 手抜きでのんびりやっても仕方ないんだから、そりゃやるなら勝つ!!」
ハハ……、アンニーナが対戦相手じゃなくて良かった……。
対戦し終えたやつらはみんなギラギラした目付きで帰って来る。戦い終えた直後でみんな興奮状態なんだろうな。一触即発な雰囲気が嫌だなぁ、みんな穏やかに過ごそうよ。
フェイは二十八番。「いってくるね」とさらっと軽く言葉にしたフェイは、これまた涼しげな顔で帰って来た。
なんでお前らそんな余裕なんだよ……。羨ましい。
フェイの相手は女の子だったようだ。それも羨ましいじゃないか、こんちくしょう。
いやまあ、俺が女の子相手でも結局「女にすら負けた」とか言われたりするんだろうな、と思うと女の子相手もどうかと思うが。
そしていよいよ……
「三十五、三十六! 来い!」
大声で番号を呼ばれ、鋭い目付きの男がゆっくりと壁から背中を起こし動き出した。
さあ、俺の番だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます