第71話 暑い夏

 今年の夏も暑かった。年々暑さは酷くなり異常気象が通常気象になりつつある。

 暑さを知らなかった郁美も最近は地球温暖化のせいか、健康管理が功をそうしてか、基礎体温が上がり、人並みに汗をかくようになった。

 朝起きるとシーツがじっとりと濡れている。朝からひとっ風呂浴びて汗を流さないと仕事に出かけられないという煩わしい実情はともかく、今まで汗をかけなかった郁美にとって汗をかくことはけっこう嬉しかった。

 午後の2時3時になると気温は上昇し、体全体が暑くなり額からも腕からも汗が滴り落ちる。汗かきの友達が首にタオルを巻いていたのを思い出し自分も巻いてみる。汗がさらっと引いてその時だけはさっぱりする。その上、働いている実感が感じられて気持ちが充実する。

 西に傾きつつある太陽を恨めしそうに眺め早く涼しくならないかと思うが、太陽は最後の力を振り絞って輝いているようで、まだしばらくの間はその力を弱めてはくれそうにない。そんな毎日だった。

 郁美の住む団地は開拓から二十年。引っ越して十年近くは蝉が鳴かなかった。蝉は地面の中で長い間過ごすので、造成した土地では蝉の声が聞こえなくなるそうだ。

 いつの頃からか蝉が鳴くようになってここにも自然が戻ってきた。最近ではミンミンゼミが日差しよりうるさい時もある。夏の暑さが頂点に達したような無理やりな蝉の泣き声。この大合唱を聞くと逃げられない夏の暑さを実感する。

 暑さ寒さも彼岸までと言う言葉を思い出して我慢しようとしても後一月が長いと悲しくなる9月の初めだった。

 友達の安曇は夏は大嫌いらしい。一日中エアコンの効いた部屋に籠って中国語の勉強をしている。安曇とは英会話のサークルで出会った。中国語を一緒に勉強している学生を連れてサークルに来ていた。その時から友達になり時々ファミレスでコーヒーを飲む。 

 彼女は典型的な主婦なので夏の最高に暑い時期は家から出ないらしい。今時暑さをこらえて汗をだらだら流すのも絵にはならないが、郁美にとって夏の暑さは四季のある日本を体感できる一番らしい季節で、この時期に暑いのは当たり前。我慢してこそ日本人と言うところがかたくなで面白がってたはずなのに…

 耐えきれないほどの暑さが全身を襲う。寝づらい夜がずっと果てしなく続く…エアコンのスイッチを入れても汗が出る。地獄の釜の蓋が開いてジワジワと熱が伝わり人類は逃げられない酷暑紀へと締め上げられている。

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月比呂うさ子のつきつき短編集 @wakumo

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