第70話 匠の技

 稲沢の某ショッピングモールに恭代が尊敬して止まない匠がいる。どんな靴も自分のサイズに直して履きやすくしてくれるリペアショップの達人。日頃お世話になっているのにその偉大さを実感する事も無いまま過ごして来た。

 恭代の足は生まれつきの脱臼のせいで右だけ2.5センチ短く、買ったままの状態では左右に差が出来てカタカタと右肩が上下してしまう。

 昔は靴の中に敷物、詰め物して無理矢理かさ上げしてサイズを合わせていたが、最近は新しい靴を買うとそのまま一度も土につけないで匠のところに走り、右だけ足してもらったり、踵が高い靴の時は高い方の左を削ってもらったりして左右1.5センチ差をつけてもらう。

 この一手間のお陰で骨盤も水平に保たれて体の調子が良い。夫の康之も片減りしたり靴底が減ったりすると急いで駆けつけて直してもらう。盛岡家にとって得難い、替えがたい巨匠なのである。

 先日、直したい靴を持って出掛けたらその匠がなんとお休みで、違うおじさんが店に立っていた。わざわざ来たのに手ぶらで帰るのもなんだと思い、そのおじさんに康之の靴の修理を頼んだ。

 自分の靴だったら出直したかもしれない。とにかく快適にいつも万全の状態で履きたいから。康之の靴だから気を許して任せて見たものの、出来は押して量れよだった。

 ひと目見て「これはやり直しだな」とこともなげに言う、「え〜また行くの」そうなるのも目に見えていたのだから実に情けない話だ。

 恭代は次の日、その靴を携えまた某ショッピングモールへ向かった。しかし、次の日もかの巨匠はお休みらしく昨日のおじさんが店番をしていた。

 恭代はそのまま踵を返して家に帰り、また次の日再チャレンジした。

 いたいた、彼の匠はいつも通り仕事に励んでいる。昨日と違ってすでに店のカウンターに頼まれた靴が何足も並んでいた。

 仕方がないので一昨日来たことを告げ追加料金払っても良いから直して欲しいと頼むと、料金はそのままで良いからと潔い返事をもらった。

 それから1時間、時間はかかったがなんとからしい形に直してもらって、ようやく一昨日からの宿題が終わった。

「やっぱ匠じゃないとね」言うのは簡単だ。まあ匠じゃ無くてもと思った最初の判断が甘かったからで、わかっていたしくじりに、遠回りした3日間だった。

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