第68話 愚痴は未来永劫…

 愚痴らなくて済む方法を探している人なんてこの世に滅多に居ない。と、気づいてしまう。

 理沙は人の愚痴を聞くのが下手だ。愚痴を言う人はみんな表情が暗くて深刻そうで、苦しんでいると勝手に思い込んで、何者でもない自分がおこがましくも助けてあげたいと思う思考回路にはまる。

 どうしたらもっと楽に暮らせるか、しんどく無い人生を送れる方法は無いかと分析して探ってしまう。

 だけど、解決策を求めている人は、多くはいないようだ。人は愚痴るのが趣味だし、誰かの事を悪く言って自分を正当化するのが正しい行いだと信じている。それを来る日も来る日も繰り返して時間を費やす事が無駄だなんてこれっぽっちも思わない。愚痴は人生の最良のツールで、無かったらきっと今この時を過ごして行けないんだと思う。

 人の悪口を言っていてもその人を否定してるなんて意識は無く、そんな状況でもその相手と正常にコミニュケーションが取れてると思っている。

 例えばそれが夫婦だとすれば相手をどんなに否定しても、貶しても夫婦仲が悪いなんて思いもしない。今の関係を改善する気もないし、自分を変えようなんて意識は皆無なんだろうな〜

 結局、まともに相手するのは愚の骨頂で、適当に相槌打ってやり過ごす。大変だね。偉いね。と同情したり褒めたりしていれば良いんだろう…

 理沙はつい本気で聞いてしまう。アドバイスしたいなんて思わないけど、堂々巡りのこの話から逃れたくて結論を急ごうとしてしまう。

 だけど、そんな態度はお節介で間違いだ。独りよがりだ。相手は聞いて欲しいのでも無く、最善を探しているわけでも無く、愚痴りたいだけなんだから。

 虚しい。これが会話だろうか?相手から何も受け取らない会話ってあるんたろうか?そう言う人と話すと自己嫌悪に陥る。余計なことを言って、ああ、また失敗したなと二、三日引きずる。いや、もっと…二週間は引きずる。

 結局幸せになりたいんじゃなくて、幸せを肯定したく無い。幸せがあるなんて思いたく無い。そう思っているように感じてしまう。

 初めっからかけているボタンが違う。ボタンの種類が違う。そんなに自分が正しいと自信を持っていられるんだろうか?その意識すら無いのか…

 排他欲は…未来永劫無くならない。


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