第63話 ふかし芋 

 お芋が食べたい!お昼を少し過ぎた頃、昼食を食べ損ねた羽奈は突然襲ってきた空腹感に耐えかね、

「そうだ、お芋をふかそう!」

 と、その衝動にかられ急いで台所に駆けこんだ。

 スリッパを引っ掛けつまづきながら冷蔵庫の前に立つ。この時のために週末にマーケットで買っておいた一山三百五十円のサツマイモ。その中からなるべく細めの芋を選び曲がり具合を眺める。これなら大丈夫と、軽く水道水で湿らせ、ラップをしてレンジへ放り込んだ。

 待つこと三分。熱々のふかし芋は手に持つのも危険なほど熱を充満させ蒸しあがる。タオルを使ってレンジから取り出しすと、火傷をしないように気をつけながらラップを外し、大事そうに両手で持って半分に割る。

 えんじの衣装を纏った芋はホクホクに茹で上がって金黄色に輝き、お芋の大好きな羽奈の鼻先に甘い香りを運んだ。

 この方法でふかし芋を作るようになってから羽奈の芋人生は自由度を増した。食べたい時に食べたい分だけ作ることが出来て小腹が空いた時、こうやって台所に走り一通りの手順を経て、後は三分待てば、待望のホクホクのふかし芋に到達できる。それは夢のような、インスタントラーメンよりも手軽な作業だった。

 その昔、羽奈の母は、何でもふかすとなると大鍋一杯ふかした。大ざるに盛られたふかし芋や、とうもろこし、シャコや蟹でさえ…あれはみんな美味しかった。いつも誰がこんに食べるんだろうと不思議だった。しかもそのザルはちゃんと空になっていくのだから、昔の人は何でもよく食べたものだ。

 今それだけの量を食べてくれる人もいなければ、そんなに大騒動する世界もない。もはや懐かしい昭和のお伽噺の世界だ。

 四角い蒸し器にお湯をあふれんばかりに沸かして、大げさに日本手ぬぐいを掛け大騒動してふかしあげた芋。あれをやれと言われたら羽奈にはできない。だいたい角の蒸し器も持っていなければ、日本手ぬぐいだってどこにあるか怪しい。そんな工程をすべてうっちゃって出現するふかし芋は悲しいかな、文明がもたらした産物。食の革命に違いない。

 羽奈はありがたくお芋をいただく。空腹だったおなかに甘さとホクホク感と温かさが伝わって幸せな気持ちになる。茹でただけで美味しい食品。それは羽奈にとって定番の小腹が空いたときの非常食である。

 

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