第62話 乗鞍山荘

 乗鞍からの御来光を拝むために前日から頂上の乗鞍山荘に泊まった。期待したのは一面の星空。これさえ見えればと出かけた旅行だったが、あいにくの雨で今夜の星空は期待できそうに無かった。

 平成15年から始まったマイカーの乗り入れ規制で乗鞍スカイラインへの夏場の渋滞が嘘のように消え、山は落ち着きを取り戻していた。

 バスは運転手の気の向くまま、ところどころで反対車線に止まり景色や植物の説明までしてくれる。楽しそうに解説する声にもゆとりが見られ今朝の雲の様子から、遠くの山の探し方、今晩の星の出具合まで教えてくれた。この分だと今日はこのまま曇り、一面の星空は拝められそうに無いとの説明だった。

 乗鞍スカイラインを自転車で登るバイカーも増えている。片道早い人で30分、遅い人で四時間の道のりを自転車で上がる。と簡単に言うが、その道のりは過酷に違いない。楽々と登っていくバスの横を動きの止まった自転車が何台も連なっていた。

 たまたま次の日がマウンテンサイクリングの開催日とあって、応援のためのバイカーが多数頂上めがけて上がっていた。ちょっとの坂も上がれない冴子にすれば二千メートル級の山を自転車で上がるなんて考えられない、人間はすごいと言う感動しかなかった。

 頂上の乗鞍山荘は、山荘と言う呼び名にふさわしい外観。JRが運営する数少ない宿泊施設。冴子は久しぶりに訪れた二千メートル級の山の空気に酔いしれていた。

 四時、山荘に荷物を置き散歩に出かける。頂上には人がたくさん繰り出し、乗鞍の人気の高さを改めて知らされる。たいていの人は最終のバスでふもとに降りる。三々五々散歩を楽しんだり、頂上のドライブインで暖かいものを飲んだり、下りのバス停にはバスを待つ長い列ができていた。

 初老の夫婦が足を止めて、周りの高山植物を眺めながら大きな岩に腰掛けて楽しそうに話している。遠くなら雲のように白く見える霧が、近づくとガスになり包み込まれるころには細かい水滴に変わる。

今日は泊まりと決まっている冴子は焦ることも無く乗鞍の夕暮れを楽しむ、ぼんやりと、頂上の景色を横切っていく霧を眺めていた。

 

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