第61話 約束
約束は怖くて出来ない。あの日簡単に『約束ね!』と別れた庄司との距離が縮まらないまま、今も続いている後悔。好きだった。自分の心をさらけ出して告白できるほど単純な関係じゃない。と思っていたけど…今となってはそれが、深い傷を残し癒されないまま祐子の心に暗い影を落としていた。
別れた庄司とはその日もう一度落ち合う約束だった。祐子は借りたい本を探しに県立図書館に籠った。言いたいことがありそうな庄司は祐子の勉強の邪魔にならないように『時間を潰すよ』と軽く手を振って町に消えた。
それが最後の姿になった。振り向きざまに手を振る背の高い後姿。祐子は笑っただけで手も振らなかった。いつもお調子者の庄司を笑っていた。あの時もその癖でちゃんとした別れをしなかった。
そのまま半年月日が流れた。祐子は庄司の面影を胸に抱いたまま日に日に口数が少なくなっていった。二人が仲がよかったことはみんな知っていたが、それ以上だと思っている者は身近にいなかった。
二人も同じだった。互いにはっきりと確認しないまま流れた月日は穏やかで思いやりが有って幸せだった。受験前のあわただしい日々をそうやって過ごすしか方法がなった。
いつも勉強に追われる祐子を苦笑いしながら見ていた。触ると壊れそうなおもちゃを見つめるように不機嫌な祐子に接した。癒し系の庄司はどんな時も祐子を思い、とげとげしくすることは無かった。
「庄司の裁判が始まるらしいよ。あの日の目撃者が現れて庄司に良い証言があるかもって」
親友の咲友菜は二人の関係を知る唯一の友人だった。祐子と同じ志望校で当時も競いながら勉強した。祐子が勉強する図書館に駆け込んで庄司の事故を知らせたのも咲友菜だった。
「新しい証言?まさか…」
「そうよ、あの日の事故を目撃したって人が現れたの」
「なんで今頃?」
「知らなかったらしい。それ程ひどい事故だったって認識してなくて、最近、え?あの事故で犠牲者がいたんですかって」
「じゃあ、庄司は?」
「うん、無実かも知れないって父さんが」
事故の様子を聞いたことのない祐子はまさか今更になって新証言が出るということに戸惑いを感じていた。
「被害者は庄司の車にぶつかって怪我をしたって言い張ってたでしょ。それが目撃者によると当たってないって言うのよ。庄司は車の中から直接接触したところが見えなくて、簡単に謝ってしまった。それが決定的になって再調査もされなかった」
事故当初庄司は自分に非がないと何度も言った。でも相手の剣幕を前に言い訳にしか聞こえなくて認めないことで立場が悪くなった。
「そう、無実かも知れない…」
あれ以来、会おうとしない庄司のことを思った。
庄司のためにビラを配ったり看板を立てたりして奔走した咲友菜は最後まで希望を捨てなかった。
「頑張ったね。咲友菜…」
半笑いで答える祐子は、もう私は会う資格もないよ。と心でつぶやいた。
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