第60話 同期入社

 同期入社の松岡はバリバリの瀬戸人 (愛知県瀬戸市出身) で、いつもラッセル車がブンブン唸って走っているような流暢な方言使いをした。

 初めのうちは聞き取りにくくて、根っから名古屋生まれの千秋は閉口した。とにかく方言をとことん使う。日常のあらゆる言葉がそんなに別な言葉で用意されているのかと思うくらいの脱標準語に、千秋は初め同郷人で結託して無理してそうしているんじゃないかと疑うほど徹底していた。同じ部所に瀬戸人3人。

「この前おばさんがうちに来とらして色々言っとらっせるもんでうるさくてかなわんかったわ。あの人いつでもおんなじことばっかり言わっせるんやて」と千秋にすれば何台も続いて走ってくるラッセル車ばかりが気になって話の中身が見えない。いつも曖昧に相槌をうちながらこれでいいのか?と疑問を感じていた。

 千秋の両親は地方出身者だったがその国の言葉は使わなかった。すでに何年も名古屋で暮らしていながら名古屋弁もほとんど使わなかった。いつも標準語を話す家の中で千秋も生活のほとんどを標準語でこなした。

 方言は楽しいと言えば楽しい。聞き取りづらい言葉ではあるが愛着は感じる。言葉のニュアンスが性格まで決定付けるようで松岡はどんな時もひょうきんで楽しく感じる。自分を楽しく演出しているのでもなく、受けを狙っているのでもない会話には愛情を感じたものだ。

 千秋の勤める印刷会社には瀬戸の出身者が多く、企画でも、写植などの技術職の多いセンターでも瀬戸弁は大手を降ってまかり通ることの出来る言葉だった。そういえば営業にはいなかったような気がする。  

 親しみはもてるが独特の世界観に入りきれなくて千秋は使うことは出来なかった。かたくなに標準語を使って会社生活を送った。

 結婚して瀬戸に近い多治見に住んだ。この地域も語尾がはっきりと独特の方言的表現を持っている。市役所や支所などの公的な場所での会話が方言なのには、ほんとに驚かされた。地元の人が働く公共施設。

 生活するうち千秋もその言葉に染まった。と言うよりイントネーションが違うと言葉がかみ合わず、理解しにくい。方言の方が便利で、相手の思っている事もよくわかったし、こちらの伝えたいことも伝わった。

 同期入社の松岡のことを思い出す。あの頃そこまでお互いを知ろうとしなかったのかどうだったのか、融合する能力が低かったのは確かだった。でも、きっといいお母さんになったんじゃないかと思う。自分の世界を持っていたと感じる松岡のあのやわらかい方言の世界は素敵だった。

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