第19話 虹の見える丘
その坂を車で走るとよく虹に出くわした。岐阜県瑞浪市。この地区は地理的ににわか雨の多い田園地帯らしく虹を見つけた数だけ雨に降られた。
幸枝は2年間この道を辛抱強く通った。昔からやりたかった陶器の勉強をようと一念発起して修行のため美濃地方の作陶研究所に身を置いた。結婚しているにも関わらず多治見市内に一人暮らしのためにアパートを借りて…
あれから4年。今では家に釜を持ち自分のデザインの陶器を焼いて店に出すようになった。。瑞浪には昔からお世話になっている陶器の卸商が有り時々訪れてこれからのことを相談しに行く。
郊外のこの辺りまで来ると車の数が急激に減る。流れが緩慢に成り、ゆっくりと駆け上がる長い坂の見晴らしは平凡だが何かの原点を思い出させる。
車間距離の広がりに運転も緊張をなくし、しばしスピードが出ているのか出ていないのかわからなくなる。アクセルを踏めば別天地に来たような開放感に浸れる。
何処からかだんだん近づく雷の音。不意に空が異様な色にかき曇り、不穏な空気が満ち満ちる時の不安と期待。上りの時は前方に、下りの時は後方に虹の現れることが多かった。
幸枝は澄み切った青空よりもどんよりとした曇りの空の方が好きだった。明るい晴れ渡った空は色の変化が無くて退屈な気がする。雨の前の不思議な空の色に心が惹かれる…なにかの予感がワクワクさせる。そんな気持ちをいつも抱えて大人になれない自分に戸惑いながらも、それを好ましく思った。
窓から強い光が射し込み虹の予感に包まれる。たまらずフロントガラスに顔を押し当てんばかりに辺りを探す。…信号で車が止まり振り向くと、そこに虹を見つける。
その時のホッとする気持ちは何だろう…虹は幸枝の芸術性を支えるささやかな希望なのかも知れない。
「高須先生元気にしてるかな」研修所の先生の名前をつぶやく。今日は高須に会いに家を出た。膝の上に高須に見せる新作を抱えていた。
何年も横で支えてくれた夫の猛の顔が穏やかに微笑む。幸枝の一番の理解者で、一番苦労をかけている人。何でも自分でデキるのに、幸枝と生きようと思ってくれてる人。
「僕は明るい色の爽やかな空がすきだけど幸枝はこんな雲の色が好きだよね」幸枝のお気に入りの空を眺めながら猛がそうつぶやいた。
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