第18話 36色の色鉛筆
芙由子が子供の頃、小学校で塗り絵が大流行した。女の子ならたいていの子が夢中になりカバンの中に一冊や二冊は忍ばせていたスタイル塗り絵。目の大きな可愛い女の子が流行りのスタイルにポーズを決めた塗り絵。手に持つぬいぐるみや小モノ、花、家具などがゆとりのある生活を思わせた。値段はかなりリーズナブルで一冊10円くらいだった記憶がある。
放課になるとカバンから取り出し、ノートに描かれた線を頼りに人の顔や人気のキャラクターを塗っていく。芙美子は友達の持っている36色の色鉛筆がとても羨ましかった。
「子供だからって馬鹿にして広告の裏に絵を描かせたりしちゃ駄目なのよ。ちゃんと白い紙に描かせないと。子供の想像力を摘んでしまうんだって。なんかの番組で言ってた」
芙美子はせめて子供には自分が抱いた気持ちを持たせたくないと画材に気を使った。
「でも、芙美子は広告の裏を使った幼少時代を送っても、ちゃんとデザインの仕事をしてるじゃないか。僕は関係ないと思うな」
そういう憎たらしい理屈を言って芙美子を困らせるのが聡は好きだった。
「そうね。うちの子絵は好きじゃないみたいだし、色鉛筆にも大して興味を示さない。あんまり画材が充実してるとハングリー精神が無くなるのかな〜。それでも36色の色鉛筆を持たしてやりたいと思うんだよね〜」
親の切なる願い。自分の足りなかったものを与えたい。それ以上の要求を持てないのが悲しい限界だった。
「しかも36色の色鉛筆。今時高価でもないよね」
「この画材はなんですか?」
「え?」
「画材店でバイトをしている芙美子に若い女性客がそう尋ねる。
「私、画材を集めるのが趣味でパステルも色んな会社のものを持ってるんです」
「絵を描かれるんですか?」
「いいえ。絵は描きません。画材に興味があるんです」
ふ〜ん色んな人がいるもんだなと頭をかしげる。
絵を描かないのに画材を集めてどうするんだろう…
確かに画材は美しい。芙美子も使い慣れてインクの出具合の良いボールペンを見つけると色の数だけ揃えたこともある。だけど、あくまで絵を描くためでいつかは活躍する時が来るだろうと待機させている。
画材が出番もなく綺麗に梱包されたままコレクションされるのも何だか切ない。
「社長、社長は画材が好きなんですか?」
「画材が好き。どういう意味?」
「今日のお客さん。使わないけど画材を集めてるらしいんですよ。画材に興味があるって言ってました」
「ふ〜ん画材にね。そういうお客さんも大切にしないと、画材にはうるさいだろうから勉強になるよ」
経営者である社長が画材に愛情があるかどうかはわからないけれど、画材に詳しい事を思わせる回答だった。
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