第14話 平日の動物園

 何故そこに河田と行ったのか今では思いだせない。その日は学校に行きたくなかった。何故行きたくなかったのか?それもはっきりとは思いだせない。

 高校三年の春、学校をサボりたくて行きのバスで出会った河田にこぼした。

「私今日学校を休む」

「休んでどうするんですか?」

 と河田が困った顔をした。そして、二人は動物園に行くことになった。

 河田は二つ年下で、議会の作業をするために春から生徒会室に出入りしていた。馴れ馴れしくもなく、よそよそしくもない。丁寧な言葉使いに真咲は親しみを感じていた。帰りも方向が同じでバスに乗り合わすこともあった。

 日頃から真面目な生徒会長の真咲は無駄口をきかない。むっつりと会議資料を作ったり、行事を考えたりしていた。

 多分、そんな真咲が学校を休むと言う言葉に河田は動揺し、何事かと心配したんだろう。黙って真咲の後をついて動物園に行った。

 この動物園には恋人同士で来ると別れるというジンクスがあった。河田とはそういった心配もないのでこの場所に来てみることにしたのかも知れない。

 平日の動物園は閑散として寂しいくらいだった。何かの柵の前で中を眺めながら佇んだ覚えは有ったが、中にどんな動物がいたのか覚えていない。お昼に何を食べたのか、缶ジュースくらい飲んだのかそれも覚えていない。

 河田は終始心配そうにそばにいたような気がする。自然に普通に話をしたような気もする。

 その日、河田と学校をサボって動物園に行ったことだけを…今でも覚えている。河田が今どうしているか、結婚したのか時々気になることはあった。

 あの頃、真咲は失恋したような気がする。

 一つ年上の菅野は生徒会のメンバーで放課後はいつも一緒に会議資料を作った。学校の行きも帰りも一緒で生徒会室の中では公認のカップルだった。

 自分でも付き合っていると思っていたが、学校以外で会うことはなかった。家に電話がかかることもなかった。よく考えればそれほど親しいわけでもなかった。

 大学に進んだ菅野とはその後連絡も取らず、自然消滅に近かった。

 真咲にとって空白の一日はその失恋を癒やすために使われたんだろう。平日の動物園でゆっくり泣きたかったんだろう。でも、たまたま行きのバスで一緒になった河田に邪魔されて失恋記念日は上手く行かなかった。

 でも、河田の御陰で泣かずにすんだ。とも思った。日頃むっつりの真面目な生徒会長が失恋で泣いたらショボすぎる。

 今でも後輩に会うことが有る。その時、むっつりを崩さずにすんだ真咲は凛としていられる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る