第11話 決定的な要因

 佐織は離婚した。離婚調停でわずかの財産分与を受け取った。逃げるように家を出た。ようやく勝ち取った自由を二度と失わないように取るものも取り敢えず家を出た。

 すでに十年以上も前から夫婦関係は上手くいってなかった。けれど、決定的な要因を見つけることが出来ず、離婚に踏み切ることは出来なかった。

 時間があれば離婚のことを考えた。性格の合わない夫と、これ以上一緒に暮らす意味が見つからなかった。

 独身の頃、何かと華やかな佐織はいつも周りに沢山のボーイフレンドがいて友達を羨ましがらせた。選択肢の多い佐織はその中から誰をお婿さんに選ぶべきか、値踏みするのが習性だった。

 貧乏は嫌だった。若気の虚栄心から役職のある男が自分にふさわしいと思った。

 条件の良い、優しい、何でも自分の思い通りになる相手を選んだつもりだった…

 一番安全牌のその男は、一見頼もしく見えたが、結婚してみると自分勝手で思い込みが激しく、美人の佐織のことを疑って、クラス会に行くのも、友達同士で出かけるもの良い顔をしなかった。

 周りからは幸せな結婚と羨ましがられ佐織も良い奥さんを演じた。夫の強い拘束に抵抗は感じたが、子育てをしている間は子供に気を取られ、安定した収入は幸せな気分を増長させ、決定的な破局には至らなかった。

 子供が大きくなり一人で家にいる時間が多くなった。夫と顔を合わす時間が増えた。ホッと一息ついてみると友達と旅行にも行きたくなった。時間も金銭的余裕もタップリあった。

 しかし、夫は良い顔をしなかった。結婚して二十五年も経ち、華やかだった佐織はもう昔ほどの輝きもないし、夫が思うほど持てるとも思えなかった。

 それでも夫は佐織が出かけるのを嫌がった。

 佐織は周りの友達に愚痴るようになった。

「男っぽいさばさばした佐織が、今更男に走ることも無いだろうに、なんで旦那さんは理解がないんだろう」と近所の女は同情した。

 それからしばらくして嬉しそうにクラス会に出掛けた話を皆んなにした。昔に帰ったようなキラキラした顔で話す佐織に、旦那さんが許してくれたことを誰もが心から喜んだ。

 それから半年が過ぎて、佐織が『離婚』したことを近所の女は聞くことになる。

 突然のことで離婚の真相は誰にもはっきりとはわからなかった。でも、誰かが

「旦那さんやっぱり佐織のことわかってたんだね」とポツリと言った。

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