第4話 住宅街のレストラン

 友達の和美が夫婦でレストランを始めた。イタリア料理「ricettacolo」の店を探して、住宅街の中をぐるぐる回った。わかりにくいところだと聞いてはいたが、これほど迷うとは思わなかった。大抵はそばまで行けば案内があるか、偶然にも見つかる。そういう勘は良い方だと思っていた。

「やめよう。駄目、見つかりそうに無いよ。他を探そう」

 諦めきれない狭知がもう一回ろうとしてハンドルに手をかけた。

「私の聞き方が悪かったんだよね。最後の方いい加減に聞いてたし…」

 横でグズグズ言ってる良子の話を聞きもしないで、狭知は車を進めていく。手がかりをなくして最後の詰めを思い出せない良子は、探すことをすでに投げていた。

 早いとこ何処かに落ち着いて時間が欲しい。友達の店は口実で、狭知とゆっくり話がしたかった。

「此処じゃ無いですか?ちょっと暗いけど明かりがついてますよ」

「ホントだ〜よく見つけたね」

 車から身を乗り出してみると、仄暗い闇の中にボーッと大きな塊が佇んでいる。

「せっかく出かけて来たのに見つけられないなんて残念じゃないですか。良かった」

 ハンドブレーキをかけていそいそと外に出る狭知は、宝物を掘り当てて意気揚々としていた。

「しかし、照明が暗いね」

 良子の腰は重い。

 住宅街の一角にぽつんと立つ美和のお店は、夕方の5時、黄昏の闇に溶け込んで簡単に見つけられそうになかった。

「夜しかやってないんですよね。此処、初めて来る人見つけられるかなぁ。難しいな…」

 カランカラン音を立ててドアを開けると和美が飛び込んできた。

「いらっしゃい…来てくれたんだ。どうぞどうぞ中へ」 

 お店の中はまた一段と暗く、目が慣れるまでしばらく黙って座った。

「混み始めてるね。早めに来てよかった。あれだけ探して満員じゃがっかりだもん」

「良子さん探して無かったじゃないですか、なんか諦めモードで」

 狭知が焦らすように笑った。

 新参者の狭知は先輩ばかりの職場でいつも控えめだった。お局とまではいかないが中堅の良子は尊敬すべき先輩。付き合いにも距離を置いた。

「友達の店、良いですね。暗さが良いのかな…アジトみたいで」

「アジトね…ちょっと秘密めいてて良いかな。さあさあ狭知くん何食べる?」

 二人は和美の視線も忘れてコソコソと顔を寄せ、このアジトの暗さを楽しんでいた。

 始めて良子から狭知を誘った。仲間と繰り出すことは有ったがあくまで仕事。今日は正真正銘プライベートだった。

 今更同僚に好意は語れない。狭知の笑顔を見るだけでいい。殊勝にも良子はそう思った。そう思いながら空けるビールが胸に沁みて苦かった。

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