第2話 赤レンガ通り
昔…友達と腕を組みながら粋がって歩いたレンガ通り、最近様変わりして、タクシーの立ち寄る観光地に蘇生した。
窓越しのだらしない景色にうんざりしながら杏子は思った。落書きだらけの恐ろしかった場末が、凄みを抜かれて美しい景色に変わり果てていく。くつろいで絵筆を握る絵描き、鳩に餌をやる老人、軽薄に寄り添うアベック達。
「此処はちょっと前ならファッション誌の撮影に使うくらいで人の来なかった場所ですよ」と、感慨深げに、信号待ちの運転手が横目で見ながら説明する。何処もかしこも明るく綺麗になった。
汚く淀んだ発展の時代をかき消すように、全てが美しくリニューアルされていく。あの小汚さを愛した者たちは何処へ行ってしまったんだろう。
手の届かない美しさに憧れて人生を無駄に費やしてしまった若者たちはどうしているんだろう…
時代が作り出す歪みや反発を誰しも抱きながら大人になるというのに、子供の頃から可愛いものだけを抱えて、大人にならなくても問題ないのが問題な若者よ!君たちは十分異常だ。時代の空気を吸わないで、与えられるばかりに疑問を持たないで、そうやって生きていることがすでに敗北だ。と、窓の景色に抵抗するように杏子は心のなかで叫んでいた。
「この間、タクシーでレンガ通りを走ったわ」
「あそこ綺麗になったでしょう。感動ですよね!再開発をしたのは坂本建設の若いアーキティクチャーらしいですよ。僕なんか弱腰だから行けなかった場所だったんですけど、今度行ってみますよ」
明るい同僚の声に唖然とした。なんとプライドの無い話だろう。彼にとって町は何処も楽しみの場所で人生を考える心の葛藤なんて有りはしない。
「あんたね〜そんな軽口であそこへ行こうなんて100年早いわよ!」
「は〜」
しらけた返事にやるせなくなった。鞄を肩に引っ掛けると部屋を飛び出した。場末がなくなるのは悲しい。そう思うのは自分だけだろうか?
平日のレンガ通りは人気もなく拍子抜けだった。何処か抜け殻のようで綺麗にリニューアルされた倉庫群が泣いているようだった。
「泣いているのは私だけじゃないか〜」
落書きの消えた倉庫の壁を伝いながら、一歩一歩踏みしめるように土のない歩道を歩いた。
「いやあ〜綺麗になったもんだね。此処は絵になる場所が多いから通ったもんだけど、こう綺麗すぎちゃあ絵になるもんもならないよ」
老人があの日のように絵を描いていた。かがんでのぞくとその絵には懐かしいあの頃の空気が描かれていた。
「こうなってみないと有り難みがわからない自分が悲しいね〜」
深呼吸する杏子は、自分もそのとおりのことを今思ったと老人を見つめた。
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