月比呂うさ子のつきつき短編集

@wakumo

第1話 人知れず

 長い間友達で居た里美と里美のロンドン留学を機に敬子は別れた。大げさに「別れた」と云うのも可笑しいが、東京とイギリス。この先友達でいることが不可能なほどの距離を感じた。

 今まで長い間友達で居たのにどちらの携帯も海外で使えるものではなく、それを変更するために携帯ショップへ行こうという話題も出なかった。里美はこれからの自分のことで頭が一杯で過去を振り返る余裕などなかった。

 一度きちんと割り切ろうと思うほど、脱力感を感じる見送りだった。

「英語の勉強がしたい」里美はずっとそう言っていた。バイト先のアパレルショップでも外人の接客を任された。一緒に海外に旅行をした時も通訳は全部里美の担当だった。言葉を流暢に使いこなすと言うより積極的な意志で通じ合えてていたような気がする。

 敬子にとって里美の行動力は羨ましいと思うこともあったが、敬子は敬子でやりたいことがあったし里美の留学についていくとか付き合って英語の勉強をするとか言うこともなかった。

 里美の暮らしが敬子の暮らしに影響を与えることはなかったし、敬子の暮らしが里美の暮らしに影響を与えることもなかった。

 二人は同じ時間を過ごしたり、ショッピングをしたり、共通の作業はこなしたが、それが決定的にお互いの生活をどうこうするという「もたれ合いの関係」ではなかった。

 それが証拠に、いなくなって早一週間の時間が流れても、敬子は相変わらず会社と自宅の間を行き来し淡々と自分の生活を送っていた。

 窓の外を流れる景色が色を失った。街角に流れるどこか懐かしいミュージックの題名を確認することもなくなった。一つ一つの事柄が知らぬ間に自分を通り過ぎていく。その感覚に敬子は気づかないでいた。

 毎日話す話題をなくしたことも、馬鹿馬鹿しい事で愚痴る自分をなくしたことにも気づかないでいた。

 半年経って航空便が届いた。それは別れたはずの里美からだった。里美は敬子の住所を知っていた。それだけで敬子は胸が熱くなった。封を開けると懐かしい里美の文字が語りかけてきた。


 敬子、元気ですか?

 鈍いあなたのことだから、私いなくても感傷的になっていないでしょ

 私は駄目、こっちに来て生活が軌道に乗るまで手紙出さないって決めてた

 でなきゃ辛くて帰りたくなる

 敬子とのかけがえのない毎日に戻りたくなる

 ようやく手紙書きました

 しばらくこっちで戦うつもりです


 里美の手紙を読み終えた敬子はそのままCDショップに向かった。里美の好きなアーティストの半年分の新曲を次々にカゴに入れた。ロンドンへ送るCDを作りながら色の有る景色を思い出していた。


注:その昔携帯は海外に行くときにはそういう契約にしないと使えなかったのです。 このお話はその頃の不便が身にしみるノスタルジックなお話です。

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