第15話 愚かで気高い者達の最期
「人の話を聞いてないのですか! あの男はまだ――」
「だって、自分だけが頭が良いと思っている貴方は、自分が理解できないあの方を、怖がって殺してしまったに違いありませんもの」
黒の貴公子は言葉を失います。
女は眼をつぶり、今、まさに見ている口調で、
「貴方の蜂起を知ったら、あの方は、少しでも皆を逃がそうと、ふるえながらでも剣をとったことでしょう。最善をつくしたことでしょう」
「あいつはそんなことはしない!」
男は叫びましたが、その声はどこかおびえを含んでおりました。
「確かに、王家の軍は貴方の武名の前に逃げ散ったでしょう。ですが、あの方を慕う人々は、あの方をひとりにはしなかったことでしょう……あの方の前でみな倒れていったことでしょう」
女は、男の反応など何も気にしていないようでした。
「貴方が無頼の徒とおっしゃるかたがたも、最後のひとりまで戦ったことでございましょうね」
その光景が、彼女には見えているようでした。
「だって、彼らをちゃんとした人間として扱ったのは、あの方が初めてだったそうですもの」
男はぞっとしました。
もしかしたら、男がここにやって来た時、彼女はすでにここまで予期していたのではないかと。
「あの方が、この計画を全て包み隠さず彼らにうちあけて、ひとりひとりの手をとって、協力してくれと頼みこんだ時」
そうであるなら。彼女が自分の命を惜しむ理由もないのです。脱出の方法などないということなのです。
「会ったばかりでここまで信じてくれるのかと、みな体を震わせて泣いていました……あの方が逃げてくれと頼んでも頼んでも、あの方を守ろうと戦い抜いたことでしょう」
それでも、男は動けませんでした。
彼女が語っていることは、彼の目の前で展開された通りの光景だったからです。
王家の軍の主力や傭兵達は各地に散り、王都に残っていた軍は奇襲に逃げ惑うばかり、王太子が文官やその家族を逃がしたあと、王太子の周囲に残っていたのは無頼の徒がわずか十五人。
ですが単なる無頼の徒と思われていた男達は、最高の戦士のように戦いました。
黒の貴公子の精鋭達を向こうに回して一歩も引かず、逃げるように頼む王子の叫びも無視して戦い続けたのです。
無頼一人に精鋭三人がかり、そのうち二人が死んでやっと倒せるほどでした。
特に無頼どもの頭目は、最後まで王子を守るべく身を挺して戦い、貴公子が今まで出会ったどんな戦士よりも手強かったのです。
頭目ひとり相手に精鋭十五人が倒され、二十人が手傷を負わされ、黒の貴公子自らが倒さざるを得なかったほどだったのです。
もし数が互角であれば、勝利は無頼の者たちの上に輝いたことでしょう。
そこまで皆が王子に命をかけるのを見た黒の貴公子は、焦燥とわけのわからぬ怒りに駆られてしまいました。
見たくないものを目の前から消そうとするだだっこのように、わけのわからぬ事をわめきながら、王子を切り刻むように殺したのでした。
あれは恐怖でした。黒の貴公子は見下げ軽蔑していた男に恐怖していたのです。
「あの方は腕が立ちません。ですが、この企ての中心人物である以上、その責任から逃れる気はなかったでしょう、ひとり逃げるなど決して。ましてや命乞いなど」
女はロケットを拾うと、愛しそうに撫でました。
「あの方は、最後、わたくしの名前を呼んではくださらなかったでしょう。ですけど、このロケットを握りしめてくれたにちがいありません」
「なぜだ。なぜそんなことが判る! そもそもそれは貴女の髪では――」
「わたくしの髪、本当はくせっけですのよ。あの牝狐さんほどではありませんけど。それに光り方もちがいます。これはわたくしの髪」
「!」
黒の貴公子は欲している女の髪の見分けすらつかなかったのです。
ですがそれを咎めるのは酷というものでしょう。
彼は賢く、一目見ただけで何もかもが判ると思い込んでいたのですから。
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