第13話 光明

 女は笑いました。


「あの方の回りに集まってくるのは、あの男爵令嬢や地位目当てのものを除けば、あの方のそこにこそ惹かれた者たちばかり」


「ただの愚か者の集まりではないか!」


「でも、貴方のように世界がすべて手のひらの上にあると思っているような方は、人の話など聞きますまい。もちろんわたくしの話も」


「今まさに聞いているではないか!」


 女は、なにも判っていらっしゃらない、とでもいうふうにちいさく首を振りました。


「自分は正解を知っていると信じている方は、ほんとうの意味で人の話など聞かないのです。あの方は、わたくしの話も全て真剣に聞いてくださいました。最初から最後まで。誰かに話したことのないくだらないことまで」


「くだらないと判っていることなど話す必要はない!」


「あの方はなにひとつ否定しませんでした。なにか正しいことをこちらに教えようともしませんでした。それがどんなに心地よいことだったか」


「あの男には、何も確たるものがないだけのことだ」


「お互い、隠さずに、恥ずかしがらずに、ためらわずに何でも話せるというのは、なんとすばらしいことでしょう」



 足元の床板の隙間から、細い煙がいくすじもあがりだしました。

 男は、はっとして女を見ます。


「なぜわたくしが貴方を引き留めたか、ようやく気づいたようですわね。毒は効かず剣もくぐり抜けた貴方ですけ、火ならどうでしょう?」


 ひとり逃れた修道女は、黒の貴公子を修道院ごと燃やすために降りていったのでしょう。

 目の前の女の用意周到さからして、下には大量の可燃物が集められているはずです。火はたちまち全てを飲み込むにちがいありません。

 いえ既に、燃え広がっているにちがいありません。だからこそこの部屋まで煙があがって来たのです。

 柱や梁に火が回って崩れれば、この鐘楼も火の海へくずおれてしまうでしょう。 


 だが、男は落ち着いていました。目の前の女が落ち着き払っているからです。

 あの赤毛と会うために、女は誰よりも生き残りたいはずなのです。なにか脱出する方法を用意しているはずなのです。


「……貴女の思いは判った」


 男はいったん言葉を切り、続けます。


「王都は私がすでに掌握した。そして、王家の者はみな死んだ……あの赤毛だけは生かしてあるがな」

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