第12話 愚かさと賢さと

「だがっ、あいつが愚かであることは変わらない! 貴女に気の利いたことひとつ言えるはずがない! つまらない男だ!」


 どこか悲鳴のようにさえ聞こえる声に、あわれむような響きを帯びた声がかぶさります。


「愚かであることのどこがいけないのです?」


「当たり前だっ!」 


「貴方はご存じないかもしれないですが、人はみな多かれ少なかれ愚かなのですもの。自らを有能と見なしているかたでさえも」


「私が愚かだと言うのか!」


「ですから、それの何が悪いのですか? 肝心なのは、自分どこか愚かであることをよく知っていることなのですわ」



 黒の貴公子は、考えても考えても自分のどこが愚かかわかりませんでした。

 確かに、目の前の宝石姫の手のひらで踊らされ、命を失う縁には立ちました。でも、それすら逃れることが出来たのです。


「察する力が弱いと判っていればこそ、言葉として口に出さねば伝わらぬことがあることも判るではありませんか」


「言葉に出さずとも伝わるすぐれたを集めればよいだけの話だ。そのほうが物事は早く進む」


 黒の貴公子の治める土地では全てがそうなっておりました。万事が効率的なのです。


「あの方は、自分の気かなさがよく判っているがゆえに、人に対する気配りをかかせませんでしたのよ」


「無駄なことだ。気が利いた秘書でもおいて、そのに任せればいいだけのことだ。聡明な貴女に判らないはずがない。それは単なる愚かさの呼び代えにすぎないと!」


 ああ。と男は内心うめき、ようやく納得しました。

 目の前のうつくしい女は、薬で狂わされてはいませんが、真実の愛とやらで眼がくらまされてしまっていると。


「確かにこの国の多くの人間は愚かだ。愚かだからこそ、すぐれた者達によって導かれるべきなのだ!」


「ふふ。やはり貴方にわたくしは必要がないようですわね」


「私はそんなことを言っていない!」


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