04.お出かけの約束

 さらり、とパメラがエミリアーヌの髪をくしでといてくれる。

 鏡越しに映る彼女の顔はニマニマしていて、なんとなく恥ずかしくなった。


「うふふ、今日はディオン様とお出掛けですから、とびっきり可愛くいたしますわ!」

「あら、嬉しいわ」

「あー、でも、ディオン様は綺麗系の方がお好きなのかしら? 悩みますわ〜」

「私がディオンに惚れてもらうわけじゃないから、どちらでもいいのよ?」


 エミリアーヌの言葉に、フンスとパメラは鼻息を荒くする。


「そうはいきませんわ! お嬢様の片想いだなんて、とんでもない! ディオン様を惚れさせてしまいましょう! 相思相愛の方が、恋はより燃え上がりますもの!」

「そういうものかしら」


 そんな会話をしながらぽやーっとしているうちに、髪は気合いの入った盛り方をしてくれていた。

 化粧も入念にされて、一見して四十歳とは見えない。


「すごい技術ね、パメラ」

「元が良いからでございますわ。これでディオン様もイチコロに違いありません!」

「そうかしら」


 ディオンは職務に忠実な男だ。エミリアーヌを惚れさせるだけで、あちらは感情を持たぬようにコントロールしてくるに違いない。

 そう考えるとほんの少し寂しかったが、いずれは誰かの後妻に入る身である。あまり考えない方が良さそうだと、エミリアーヌは割り切った。


「それでは、いってらっしゃいませ」


 うふうふと怪しく笑うパメラに送り出されて、エミリアーヌはディオンと共に屋敷を出た。

 二人でお出掛けではあるのだが、ただの領地視察……つまり仕事である。エミリアーヌは兄の名代を頼まれただけだ。全てディオンに任せて微笑んでいればいいと言われている。

 ディオンはいつもと変わらぬ執事服で、エミリアーヌを見るとニコリと笑顔を見せてくれた。


「お嬢様、本日はいつも以上にお綺麗ですね」

「パメラがなぜか、とても気合いを入れてくれたのよ」

「髪も服も、お似合いですよ」

「ありがとう、ディオン。あなたは……いつも通りね」

「仕事ですからね、仕方ない。いつか私服をお見せしますよ。どこかに二人で出掛けましょう」

「あら、嬉しいわ」


 フッと細めて流す目が、優しくも色っぽい。

 ディオンは顔も整っているし、細身の体躯は足も長くて綺麗な八頭身だ。

 それに黒い執事服のため、やたらスタイルがよく見える。エミリアーヌよりも年上だというのに、ずるいなぁと彼を見上げる。


「どうかいたしましたか?」

「あなた、ようーく見ると、男前よね」

「よーく見ないとわかりませんでしたか? これでも昔はモテたんですよ」


 それはそうだろうと、エミリアーヌは頷いた。

 十六年前の記憶の彼を思い出すと、女の子が好みそうな物語の王子様のような顔をしていたように思う。

 エミリアーヌは全く興味がなかったので、人の顔を良い悪いで判断しなかったから、忘れかけていたが。


「不思議ね、モテたのに結婚しなかったの? 付き合った人くらいはいたんでしょう?」

「そりゃあ、この年ですからね。それなりにありました。でも、結婚まではいたりませんでしたね。仕事が面白い時期でしたし」

「まぁ、うちの家のためになんだか申し訳ないわ」

「お気になさらないでください。そのおかげで、お嬢様を惚れさせる役につけたんですから」


 目を細めて嬉しそうに笑っているのは、きっと演技だろう。エミリアーヌに恋をさせるための。

 わかってはいても、心がほっこりとして口元は自然に微笑んでいた。


 エミリアーヌたちは何名かの貴族達と、領地を見て回った。視察が終わると、その人たちとディオンはなんだか小難しい話をしている。

 エミリアーヌにはちんぷんかんぷんだったので、ディオンの隣に立って微笑んでいるだけだ。

 どうやら領地運営のための意見交換会をしているらしい。


「そうえいば、ラウリル公国のクスタビ村というところで、面白い試みをして観光客を集めているという話は知っているか?」


 そのうちの一人がそんなことを教えてくれて、ディオンは質問しながらメモを取っている。

 エミリアーヌは相変わらずぼーっとしながら口元だけは微笑み、すべてのやり取りを右から左へと流した。

 難しい話は苦手だ。領地運営に向いていたら、まだ実家での居場所があったかもしれないが。

 エミリアーヌが家のために役立てるのは、結婚だけなのだ。それ以外ではお荷物にしかならないということを、自分でよくわかっていた。


 エミリアーヌにとってはつまらない意見交換会がようやく終わり、他になにをするでもなく馬車に乗り込む。

 仕事だったのだから仕方ないが、少し残念な気分になってしまうのは仕方ないだろう。

 帰りの馬車で二人っきりになった時、ディオンがそっとエミリアーヌの手を握ってくれた。


「お嬢様、本日はお疲れ様でございました」

「兄の名代ということだったけど、あれで良かったのかしら? 私、なにもしてないわ」

「十分ですよ。その場にメルシエ家の者がいるというだけで、私の発言権も変わってきますから。助かりました」


 そう言って、ディオンは指先に唇を落としてくれた。

 久しくそんなことをされていなかったエミリアーヌはドキリとする。

 今までならディオンはエミリアーヌに触れることすらしなかっただろう。いつもと違う彼の態度に、わくわくと胸を躍らせる。


「今日はこれで帰るだけですが、次は少し遠出をしましょうか」

「遠出? 私は構わないけど、お父様が許してくださるかしら」

「そこは上手くやりますよ。お嬢様はお気になさらず」


 いたずらっぽくウインクする執事。

 一体どこに連れていってくれるのかと、エミリアーヌは待ち遠しくてたまらなくなった。

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