03.執事にお願い
それから一週間もしないうちに、元夫のフランドルが現れた。
フランドルは誠心誠意謝ってくれ、多額の慰謝料を置いていった。
あちらはお金を持っているので、大した痛手にはなっていないだろうとディオンは悔しそうだったが、エミリアーヌにはどうでもいいことだ。
謝ってくれただけで、溜飲も下がった。
「あっさりと認めて慰謝料を払ってくれたわね」
「揉めるよりかは良いと判断したに違いありません」
「でもこれで、あちらも罪悪感が消えてスッキリしたことでしょう」
「お嬢様はお優しすぎます。公的な罰があってもいいくらいだと私は思いますが」
「そんなことしちゃ可哀想よ。本当に愛する二人が一緒になれたんですもの。喜んであげましょう?」
にっこりと微笑むと、ディオンは複雑そうに眉を歪めている。
きっとフランドルは、恋の病にかかっていたのだろう。
どうにかして身分差のある彼女を、正妻にしたいと思っていたに違いない。フランドルは一人っ子だったので、駆け落ちするわけにもいかなかったはずだ。
「しかし、お嬢様を利用してこんなやり方をするなどと……」
「人は、間違ったことをしてしまう生き物なのだわ。恋をすると、特に」
盲目的な恋をするほどに愛し合った二人。エミリアーヌの心が、羨ましいと訴えている。
「だから、許してあげましょう? ようやく夫婦になれるお二人ですもの。私、人の幸せを願えない人間にはなりたくないの」
人の不幸を願うことは簡単だ。
しかし、同じ目に遭わせてやるなどという狭い心では、復讐が連鎖してしまうだけだろう。
エミリアーヌは、人の間違いすら、
「それに、フランドル様は誠意を見せてくださったじゃない」
「いやしかし、こちらがなにも言わなければ、あちらは知らんふりしていたかと思うと、はらわたが煮えくりそうなのですが」
「あら、怖いわね。自分から罪を告白するって、勇気のいることよ? そんなところに目くじらを立ててはダメ。誠意を見てあげるの」
「……お嬢様にはかないません」
ディオンは毒気が抜けたように、怒っていた肩を吐息と共に撫で下ろす。
「だから、ディオンも許してあげてね? 私は、なにも気にしていないから」
「お嬢様がそう言うなら……」
「うふふ、ありがとう」
微笑みを向けると、ディオンはまだ少し不服そうに……でも困ったように笑った。
「フランドル様の目は、本当に腐っておいででしたね」
「あら、そう? とても素敵な空色の目をしていらっしゃるわよ?」
「見る目がない、という意味です」
その意味が分からず、エミリアーヌは小首を傾げた。
「お嬢様の方が、遥かに良い女だということですよ」
その言葉に、ドキンと胸が鳴る。そして一気に顔に熱が集まった。
初めての感覚に戸惑いながらも、エミリアーヌはいつものように微笑んで見せる。
「あら……ありがとう」
「では、私は仕事に戻りま……」
「待って、ディオン!」
はしたなくガシッとディオンの腕を掴んでしまい、今度は耳まで熱くなる。
「どうしましたか、お嬢様」
「その……私の恋の相手になってほしいという話を、考えてほしいのだけれど……」
「ああ……お嬢様は、恋をしたいのでしたね」
「ええ、恋がどんなものかを知りたいの。それを知れたら、私はお父様のいうことを聞いて、誰の元へでも嫁ぐわ。このまま恋も知らずに一生を終えるなんて、悲しすぎるもの」
「お嬢様……」
ディオンは難しい顔をしたまま動かなくなってしまった。
以前、彼は再婚相手に恋すればいいと言っていた。それが一番いいとはエミリアーヌも思うが、フランドルの時と同じようなことが起こらないとは言い切れない。
だから、次の結婚が決まるまでの間だけでも。
それを知れたら、たとえ味気ない結婚だったとしても、きっと耐えられるはずだとエミリアーヌは信じて。
「お願い、ディオン。あなたがダメなら、せめて他に協力してくれる方を紹介してほしいの」
縋るように頼むと、ディオンは大きなため息を吐いた。
「要は、あなたを私に惚れさせればいいのでしょう?」
「ええ、そうよ。引き受けてくれるの?」
「仕方ないでしょう。こんなこと、他の誰にも頼めませんからね」
「ありがとう、嬉しいわ」
エミリアーヌが喜びを見せると、ディオンは困ったように眉を下げていたが、心の底から嫌なわけではないようだ。
それがエミリアーヌの心をホッとさせた。
「では、惚れさせるために接触を図ることもありますが、お許しいただけますか?」
「ええ、私はおばさんだけど、それでもよければ」
「お嬢様は、いくつになってもお美しいですよ」
そう言ってディオンはエミリアーヌの髪に触れると。
その髪に、優しくキスを落としてくれた。
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