本文
プロローグ
『震えろザリガニ。4月15日にお前を茹で殺す』
そんな文面の殺害予告が届いたのは、
俺が配信活動をしている最中だった。
VTuberオタクをこじらせて、自身もVTuber活動を始めた男。
そんな俺の使用しているアバターは、当時流行っていたザリガニが虹色の墨を吐いてフィールドを埋めるゲームから着想を得て作った、デフォルメザリガニ。
原画俺。モデル作成俺。
流行のゲームキャラに似せたデザインにすれば、登録者が伸びるかもと思って安直に作った代物。その2Dアバターを用いて、2年前から『ザリガニ太郎』という名でライブ配信を行っている。
今日も日課の配信中。いつものように、ザリガニが虹色の墨を吐いてフィールドを埋めるゲームの3作目をライブでプレイしていると、チャット欄に一通の
同一垢からのチャットはまだ続く。
『絶対にお前殺す。なぜならわたしはザリガニ絶対殺すマンなのだから』
自慢じゃないが俺のVTuberとしての人気は最底辺だ。
登録者数は1人。配信の同接は良くて2人。基本0人。
当然、このチャンネルにリスナーのコメントがついたことなんて一度も無し。
そんな弱小VTuberについた初コメがまさかの犯罪カテゴリ。
『茹で死にたくなかったら、15日の0時に
弱小Vに嫌がらせをすることに快楽を感じるサイコパス野郎かと思って取り急ぎブロックしてやろうとしたが、3度投稿されたそのチャットのby以降を見た瞬間、
俺のマインドは、バトルモードへと変わった。
今をときめく大人気VTuberであり、俺の最推しだ。
騙っちゃいけんだろ、その名は。
城崎台公園は家から徒歩20分の場所にある。
殺害予告野郎が何故俺の地元公園を指定してきたかはわからないし、
え? このやべー奴、地元にいるの? となってめちゃくちゃに怖い。
だが、推しの名での殺害予告はさすがに許しちゃおけない。
怒りが恐怖を上回った。
脳内麻薬で自身を奮い立たせ、立ち上がる。
15日の0時は今から35分後。
俺は配信を中止して指定された公園に向かう。
到着したのは0時丁度。
律儀に時間まで守ってやった。
手には護身用の少し高い傘。ガチの武器を持っていくと今度はこっちが職質で捕まるから、これしか持ってこれなかった。
俺は傘を両手で構え、夜の静けさに覆われた公園に入っていく。
周囲を見回すが、誰もいない。
やはり悪戯か。
そう思って帰ろうとした時、
「わ」
と、背後から声がした。
ミィカの配信を見たいからまだ残しておこうと思っていた心臓。
飛び出しかけた。
振り返ると、女が立っていた。
中学生くらいの外見をしており、暗闇でもわかるくらいの美しい銀髪碧眼。
長いツインテールの髪型。身長は140センチくらいで、
小柄な体型に比して、袖余りのぶかぶかなマウンテンパーカーを着ている。
一見すると、とても可愛い。
だが、それが俺を害するものであるならば話は別だ。
「はじめまして。わたし、
銀髪娘は平然と自身の本名と年齢を述べた。
16歳。俺の1つ下だ。
外見から外国人かと思ったが、流暢な日本語と名前を聞くに日本人らしい。
というか、どういう状況だ、これ?
この女、本当にチャット欄に現れた野郎と同一人物なのか?
「はい、わたしがザリガニ絶対殺すマンです」
……俺は何も言っていない。
「顔におもっくそ書いてますよ」
にへへと良い笑顔で、殺害予告の犯人であることを白状した陽菜とかいう女。
一方の俺は、口をパクパクするだけの生き物と化していた。
自慢じゃないが、俺は生来のコミュ障陰キャだ。
リアルで家族&学校の教員以外と最後に喋ったのは、半年以上も前。
ちなみに、ザリガニ太郎の配信中も一言も喋らない。
本物のザリガニは喋らない。だから俺も喋らなくていいと思っている。
リアリティ重視のRPだ。
――そんな俺に、殺害予告の犯人に割けるコミュ力などあるはずもなく。
俺は口を開く代わりに、ねめる。銀髪娘を上から下まで、ねめる。
殺害予告と言いながら、三見陽菜は手にナイフ等は持っておらず、無防備。
勝てる。
身長差で勝てる。
押し倒し、馬乗りになって色々すれば勝てる。
俺は被害者なのだから、色々できる権利があるはずだ。
やられる前にやれ精神で銀髪娘に飛びかかろうとした瞬間、
彼女はスマホの画面を俺の眼前に突きつけた。
そこには長い前髪で目元が隠れている、黒髪ロングヘアの少女のイラストがあった。
少女は知的そうな眼鏡を掛けており、横には分厚い本が置いてある。
「名前はイナガキユキ。設定は文学少女。わたしが作ったVのアバターです」
まだ初配信も行っていない、作ったばかりのアバターだと、彼女は言う。
次いで銀髪娘はバッグから水筒を取り出した。
「アルギニンのサプリメント2500mg。飲みます」
「……え? あ、……な、なぜ?」
飛びかかろうとした我が身を抑え、俺はようやく声を絞り出す。
「激しく緊張してますので」
水筒を口に付け、女は一気に飲み干した。
「あー、まず」
銀髪娘の表情が、真水に墨を垂らしたように曇る。
「……もうだめ……ぜんぶやめたい……なんでこんなに必死なんだろ、わたし……死にたい、MAX死にたい……死にたさトレンド1位。もう無理……」
突然俯いてヘラりだした女を前に、俺は一歩後退った。
「でも――」
銀髪娘は顔を上げる。
「まだ、終わりたくない」
覚悟を決めたような瞳が俺を射貫く。
――全部、取りもどしてやる。
そんな独り言が聞こえた気がした。
三見陽菜は、意を決したように口を開き、
「私とVTuberユニットを組んで、バズりませんか?」
俺を誘った。
②登録者数1人の弱小VTuberを、なんで茹でようとしたんですか? 日下鉄男 @K_TETSUO
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