#12 過去、現在、未来4

週末になり、待ち合わせの場所へ向かった。

少しして、彼が現れた。


彼は満面の笑みを浮かべながらこちらに手を振っている。

僕は・・・その時どんな顔をしていたのだろうか。上手く笑い返せていただろうか。


「すいません、待ちました?」


「いや、待ってないよ。えっと、、、喫茶店でも入ろうか。」


僕は彼にそう言って、落ち着いて話ができそうな喫茶店を探し、

クラシックな店構えの喫茶店を見つけると、そこに連れ立って入った。


喫茶店の中に入ると、奥の、周りには話が聞こえなさそうな場所の席に座り、

彼はその向かいに座った。


暫くするとウェイターが注文を聞きに来たので、

僕はアメリカンを、彼はカフェオレを頼んだ。


「体調はもう大丈夫ですか?」


彼が僕の様子を見て言った。まだ顔色が悪いように見えるのだろうか。


「うん、余り本調子とは言えないけど、遠出しなければ平気かな。」


「それなら体調が戻ってからで良かったのに。。。

すいません、僕が連絡くれって急かしたからですよね。」


彼は申し訳なさそうに右手で頭を掻きながら、軽くうつむき加減でそう言った。


「いや、早めに話しておきたい事があったから。。。」


僕がそう言ったタイミングで、ウェイターが注文の品を運んできた。

ウェイターはテーブルに品物を置くと、一礼してからテーブルを離れた。


「先に言っても良いですか!」


彼が僕の目をじっと見つめ、勢いよくそう言った。

僕はどうしても話たい事があるんだろうな、と思い「うん、良いよ」と返事をした。


「先生、好きです!俺と付き合って下さい!」


まさかの告白だった。

いや、あの日再会した時から、心のどこかに期待はあった。


僕は、「ゴメン、付き合えない」と返事をした。

返事をしながら目からは涙が流れてたのを覚えている。


「はい」と言いたかった。でも言えない、それが心苦しかった。


「そうですよね、俺なんかと付き合えないですよね。。。」


彼はショボンとした顔でとガックリ肩を落としながら言った。

その様子が、一層僕の胸を苦しくさせた。


「違うんだ、君の事が嫌いとかじゃない。むしろ大好きなんだ。でも、付き合えない。」


そう言った僕の言葉に「好きならどうして付き合えないんですか!」と彼が返した。


先程と同じように、真っ直ぐに僕の目を見て言うもんだから、

僕は胸にズキンという痛みを感じた。


「こないだから調子が悪いと言ってただろ?だから病院に行って検査をしたんだ。

そしたら、HIVに感染してるって。それに、既にAIDSが発症してるって言うんだ。。。」


彼はその言葉を聞いて顔を青くしていた。


「どうして、そんな事に。。。」


彼は一瞬言葉に詰まったようだったが、

すぐに「いや、それなら俺が支えます!」と言葉を続けた。


20歳の若者にそんな事を言わせるなんて、とても申し訳なかった。


「いや、聞いてくれ。僕はね、昔結婚していたんだ。

息子も1人いた。今は君と同じくらいの歳だ。」


僕は彼に、少し昔話を聞かせた。


「時代が時代だったから男が好きなんて言えず、両親の勧めもあって結婚した。

でも、一緒に生活していればいつかばれる。

僕が男を好きなんだと知った妻は、息子を連れて家を出ていったよ。」


「どうしてそんな話を今するんですか!」


彼はそんな話聞きたく無いという風に、体を前のめりにしたが、

僕はどうしても聞いて欲しくて、彼の両肩に軽く手を置き、微笑んでみせた。


「僕はね、僕の勝手な都合で妻を傷付けたんだ。

まだ小さかった息子もきっと僕の事を恨んでるだろう。

その時に、これ以上は自分の事に人を巻き込まないって決めたんだ。

だからこの20年近く、ずっと独りで生きて来たし、これからもそうだ。。。だからゴメン。」


僕が病気である以上、彼と付き合うと彼の負担になる。

彼を鎖で繋ぐ事になる。彼の数年を僕が奪ってしまう。

これから素敵な出会いが待っている若者の未来を無駄にしたくない。そう思った。


「どうしてもダメなんですか?」


「うん、これは僕のケジメだし、僕の意地なんだ。」


僕の決意を伝えるため、僕も彼の目を真っ直ぐ見返した。


「先生の気持ちはわかりました。

そこまで気持ちが固まっているなら、俺もこれ以上付き合ってくれとは言いません。」


そう言った彼の目には涙が溜まっていた。


「でも、先生の世話は焼きます!見返りは求めません。

俺が勝手にやるだけです。先生にも止める権利はありません。これは俺の意地です!」


そう言葉を続けた彼ははにかんだ笑顔を見せた。

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明日死ぬ君に、愛を囁く 香月 樹 @mackt

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