#9 過去、現在、未来1
彼と初めて会ったのは、僕が教師を務める高校だった。
彼が2年の終わり、前の学校で問題を起こし、
3年に上がるタイミングでこの学校に転入して来たのだ。
彼は18歳になったばかりだったが、歳の割にとても大人びていて、
それでいてとても艶っぽかった。
そのせいで前の学校ではゲイだという噂を立てられたり、言い寄られたり、
虐めと言うよりもはや暴力とも言えるような事が続いていたが、
彼はひたすら耐えていたそうだ。
これは前の学校の担任に電話で聞いてわかった事だ。
後に、どうしてずっと我慢していたのか彼に尋ねると、
「強い者が弱い者に手を出すのはただの暴力だ」と言った。
三者面談の際に彼の両親に聞いた話では、彼の実家は格闘技の道場をしていて、
心技体を教育方針にしている両親の教えもあって、
彼自身も幼い頃から色々な格闘技をしているのだそうだ。
しかし、ひたすら耐えていた彼もついに我慢出来なくなり、
主犯格の男を病院送りにした事で前の学校を退学になった。
確かに相手を病院送りにした事は彼の過ちだが、
本来被害者であるはずの彼が学校を追い出されたという事実に、腹が立ち、悔しかった。
聖職者として、そんな学校の対応が恥ずかしかった。
だからこの学校では、僕がこの子の担任である限り、
そんな思いはさせまいと誓い、ずっと傍で見守って来た。
転入して来た当初、中々クラスに馴染めず、独りで過ごす事が多かったようだが、
秋の体育祭で披露した空手の演舞の見事さと、元々の見た目の格好良さが相まって、
直ぐにクラスの人気者になった。
特に女子からの人気は相当なもので、いつの間にかファンクラブまで出来てたようだが、
当の本人はどこ吹く風といった様子で、気にも留めていないようだった。
その様子を見て、あぁ、この子はもう大丈夫だ、そう思った。
ずっと傍で見守って来たが、そろそろその座をクラスメイト達に譲る時期が来たと思った。
年が明け、春になり、程なくして彼は卒業していった。
教師生活20年の中で、1番気にかけ、1番好きな生徒だった。
その不器用なところも、素っ気ない素振りを見せて本当は熱いところも、
勿論伝えられる訳は無いが、本当に好きだった。
そうして2年が過ぎた頃、行きつけのバーで再会した。
此処はゲイバーだ、まさか彼が居るなんて思わず、人違いだと思った。
「先生!久しぶり!」
僕を見かけて向こうから声を掛けてきた。本当に彼だった。
20歳になった彼は更に大人びて、艶っぽくなっていた。
そんな彼を見て、僕は理性を抑えるのに必死だった。
元教え子だ、そんな目で見ていたのかと気持ち悪がられるかもしれない、
折角の再会を汚さないよう必死だった。
他愛無い話で盛り上がっていたが、もう夜もだいぶ明けてきて、
店では閉店を知らせる音楽が掛かり出した。
「先生、連絡先教えてよ!」
そう言って彼は自分のスマホに携帯番号を表示させ、僕に見せて来た。
僕が登録にまごついていると、「貸して」と言って僕の手から2台のスマホを取り上げ、
自分のを仕舞ってから僕のスマホに携帯番号を登録した。
「はい」と言って渡された僕のスマホには、
『愛しい生徒』という登録名で彼の番号が登録されていた。
僕は心を見透かされたのかと、ドキッとした。
そんな事を知ってか知らずか、彼は「先生、またね」と言って僕の頬にキスをして、
バイバーイと言いながら手を振ってその場を後にした。
ひたすら抑えて蓋をしていた気持ちが一気に溢れ出した。
あぁ、彼が本当に好きだ。とても好きだ。この思いは愛と言っていいだろう。
僕は頬を手で
暫く顔を赤くしてその場に立ち尽くしていた。
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